人間万事塞翁がポニーガール

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  【決着】  

 2週間ほど経ったある日にわかに営業所が慌ただしくなった。
 アシスタントの男たちが頻繁に出入りし、営業所の車庫も清掃された。
 わたしにもその日が近付いたとわかる。
「モトコ、いよいよ祖父が危なくなりました。自家用ジェットで飛べるのもこれが最後かもしれません。今出発したとイーメイルが来ましたので、明日あなたの家にお邪魔します」
 もうわかっていたことだったので、私は万感の想いを込めて返事した。
「はい…………」
 営業所には営業終了のお知らせを貼り、ネット予約も終了した。
 明日は、私の本当のオーナーであるロバート氏と初めて会う日。
 そして私のおじいちゃんと私の人生がめちゃくちゃになる日。
 ロバート氏の積年の復讐が完遂する日。
 サラがおじいさんの呪縛から解放される日。
 夜、サラが抱こうとしてくれた。
「ごめんなさい。今日ばかりはご褒美もらう気分になりません」
「いいですよ。今日はわたしもだめですね。モトコのマットで一緒に寝かせて下さい」
 サラも不安なんだ。
 馬具だらけで後ろ手アームザックの私を抱くように、下着にTシャツだけのサラが寝た。
 サラはいつまでもモゾモゾしていたが、やがて寝息が聞こえて来た。
 翌日は運命の日とも思えない、気持ちのよい快晴だった。
 休日なので普通に営業したら入れ食い状態のはずなのに。
 遅く起きて遅い朝食を摂り、トイレを済ませて船着き場へ向かった。
 アシスタントの男たちは今日は全員黒背広でまるで映画のようだった。
 停車していると、乗れないとわかっていても人に囲まれる。
 男たちのうちで日本語話せる人が、遠目に撮影するなら良いと言って回っていた。

 午後1時ごろ、サラが馬車を降り、船着き場の階段へ消えた。
 しばらくして、一般の観光客の一角が開いて、サラが車椅子の老人を押して現れた。
 老人は私の前に来ると、杖を突いて車椅子から立ち上がった。
 非常に体格の良い、目付きの鋭い老人で、身長もかなり高い。
「オマエガ ミスクミノ マゴカ?」
 カタコトの日本語で尋ねるロバートに、声を出せない私は頷いて答えた。
「ドウダ、ミジメカ?」
 憎悪の滲む声に改めて言われると、今までのサラとの想い出も吹っ飛ぶほど悔しい。
 コクリと頷く。
「フフフ、ソウデナクテハ コマル。ミスクミガ マナデシトシテ ソダテタ オマエハ ホンライ ミスクミリュウノ サイキョウノ コウケイシャダ。 ソレガ オマエタチニ フクシュウヲ シニキタ テキデアル ワタシノ マエデ、 セイキニ ピアスサレ、アナルモ シキュウモ プラグデ ヒロゲラレタ スガタデ、バシャウマトシテ テキノ ワタシヲ ハコバナケレバ ナラナイノダカラ」
 悔しさに火が着いて、楽しいポニーガールタクシーから、本来一番気にしていなければいけない超現実へと引き戻された。
 身を任せることで快感に転化していたピアスやプラグが突然異物に感じるようになった。
 轡をギリギリ噛んで、ロバートを睨みつける。
「カイカンニ ホウケテイタノカ? ミスクミノ マゴヨ。 ダガ ゲンジツヲ マエニシテ ナニモデキナイ ジブンニ カンジルホド マゾニ ナッタノデハ ナイカ?」
 ドクンと心臓が縮み、お股からドロリと粘液が溢れたのがわかる。
 ロバートがニヤリと笑う。
 こいつ本当にサドだ。

 私はまだアイマスクをしているので、ロバートに私の目は見えていないはずなのに、虚を突かれた私の気持ちを知っているかのように硬く締まったシワシワの手で私の顎を掴んでグイと自分の方に向けた。
「サア、ミスクミノ イエニ ノリコミ、オマエノ ミジメナ スガタヲ ミセルノダ」
 感じてない!
 感じてなんかいない!
 人生が壊れる大ピンチに、脳みその髄の髄の髄が震え、恐ろしいくせに滅茶苦茶になるかもしれない自分が気持ちイイなんて思ってない!
 問答する気も、その自由も無かったので、震える顎で素直に頷いた。
 ロバート氏はサラに英語で何か言っていた。
 よくやったとか素晴らしいとか、私でもわかる内容だった。
 そのままロバート氏は黒背広の男に支えられて、ステップを上がって馬車に乗り込み、サラが御者席に座った。
 ああ、がんばって今まで通りにしなければ。
 私は動力。
 御竦の孫はもう死んだ。
 手綱の合図で走り出す。
 無心で。
 無心で走る。
 でも涙が溢れてくる。
 アイマスクの内側がびちゃびちゃで、鼻水が鼻輪を伝って落ちる。
 今写真撮られたらいやだな。

 私の家はセントラルシティ・ジャパンブリッジの外れ、それこそポニーガールタクシー営業所裏手を流れる川の下流近く、営業所から道一本で着いてしまう場所だ。
 江戸時代に最初の遊廓が出来たところの近所だが、囲われた遊郭以外の場所は武家屋敷と町人の家が入り混じる雑多な街に発展し、大火で遊郭が消失したあとも町人文化からハイソな文化まで面白く育ったところらしい。
 うちはその武家屋敷だったところの一つで、広めの敷地に母屋と道場が建っていて、道場前には来客が駐車できるほどのスペースもある。
 サラはうちの構造を知っていて、そこへ横付けするつもりなのだ。
 泣きながら馬車を曳いて家の前まで来た。
 そのまま開いている門から中に入り道場前のスペースに停まった。
 こんな惨めなポニーの姿で、私、うちの前に立ってる!
 サラが普通に玄関のインターホンを押している。
 休日の午後だからお父さんはわからないけど、お母さんもおじいちゃんも家にいるはず。
 しばらくしてお母さんが玄関を開けた。
「あ、あら! テレビで見たわ? あらあらすごいすごい、写真写真、いいかしら?」
 呑気な返答に涙が追加されそうだよお母さん。
 しばらくしたら馬車を停めた道場前にサラがザッザッと歩いて来た。
 道場の戸が開き、おじいちゃんが険しい顔で現れた。
 ああ、とうとう。

 おじいちゃんはロバートの顔を見ると、厳しい表情から一転、にこにこと笑った。
「おお、ロバート! おぬし生きておったか! 流行りのポニーガールタクシーで乗り付けるとは、ナウいのう! わしも乗りたいと思うちょったのに」
 やめてよ、おじいちゃん!
「ミスクミゲンゾウ! ヤット ブカタチノ ムネンヲ ハラスヒガキタ!」
 おじいちゃんの顔が曇る。
「ふむ。さっきおぬしの孫に言われた高子さんから聞いたが、未だそんなに恨んでおるのか」
「アア。 ヨルニ ナルト イマデモ ユメニ デテクル ノダ」
「それはおぬしの指揮の落ち度を自ら悔んでおるのではないのか? どう考えてもあの戦況で我が軍に対し……」
「ウルサイ! ラチサレタ オマエノ マゴガ ドコニイルカ シリタクハ ナイノカ?」
「なぜ基子のことを知っておる!? まさかおぬしがこのために……」
 サラが私の前に来た。
 胸のカバーを外され、所有者とポニー証明のプレートがチャリリと垂れてあらわになる。
「きゃっ、あらひどい! そんな……」
 お母さんが口を手で覆う。
 嫌あ、家族に乳首ピアス見られてしまった。
 鼻輪は最初から見られている。
 私のアイマスクが外される。
 あのテレビで有名なポニーが私だって知られてしまう。
 拉致され、調教され、奴隷のように使役される毎日を送ってたって知られてしまう。
 おじいちゃん、お願い、そんな孫など知らんと言って、ロバートの悪意をかわしてえ!

「も、基子!」
「フヒヒハン!……」
「ミタカ! マナデシデアル オマエノ マゴノ ザマヲ! イマ オチャノマデ ワダイノ ポニーガールタクシーハ ミスクミモトコダ!」
「なんと…… なんてことを…… わしも乗りたくてたまらんビッザぁーーぁルなポニーガールタクシーが、基子だなどと…… そんな……」
「ハハハ! クルシメ! クルシメ!! ブカノ ウラミダ!! ヤット ウラミガ ハラセタゾ!!」
 驚愕の目で私を確認するように見ていたおじいちゃんが、ロバートの方に向き直った。
「ロバート!」
「What?」
 おじいちゃんは手をぐっと握って親指を立て、自慢の界面金冠をキラリと見せてニカッと笑った。
「グッジョブ!」
 へ?
 ちょ、おじいちゃん、グッジョブって………… ええええええ?!
 おじいちゃんは嬉しそうに笑っている。
 私がこんな惨めなポニーにされてるのに?
「ロバート、おぬし、いい趣味しとるのォ! かりそめといえどさすがワシの弟子じゃ! これ、ワシが乗る時はタダでよいかの?」
「ちょっと、お義父さま!!」
 お母さんも叫ぶ。
「マサカ…… ソンナ…… シュミニ ピッタリ? ソンナ…… ワタシノ……  ワタシノ フクシュウハ アアアアアアア!!!」
 ロバートは苦しそうに胸を押さえて馬車の椅子からステップに転がり落ちた。
「Grandpa!」
 サラが駆け寄る。
 ロバートを地面に下ろしたサラが首を横に振る。
「おやおや、いきなり乗り込んできて、これはおおごとになったわい。わしが似たような趣味で、ロバートは無念じゃったかの」
「いえ…………」
 ロバートの頭を膝に抱いたサラが、涙をいっぱい溜めて顔を上げた。
「こんな幸せそうな顔をしたおじいさまを初めて見ました」
 ロバートは本当に穏やかに笑っていた。
 一応救急車を呼んだがロバート氏は既に亡くなっていた。

 サラはうちへ入ると、お母さんから洗面器を借りてきた。
 私はブーツだけ脱いだポニーの姿のまま、サラと一緒に私の部屋に上がった。
 何年ぶりかにも思えるほど久しぶりな自分の部屋。
 拉致された朝のまま、読みかけの本も、洋服も、時が止まったかのようにそのままにしてあった。
 サラは無言でアームザックから脱がし始めた。
 ベルトが解かれ、編み上げが緩められ、肩のベルトが外され、本体が抜き取られても、私の腕はそのままだった。
「うぅ」
 着脱は既に何度もされているので、いつもどおりにゆっくりゆっくり手を前に戻す。
 胸のカバーはすでに外されているのでピアスむきだしだ。
 コルセットと革パンツが一体で外され、とたんに寒く寂しくなった。
 貞操帯のお尻カバーが外され、洗面器にプラグの水が抜かれると、気持ち良くしっぽが抜けた。
「ああん」
 万一のためにサラは洗面器をあてていたが、中身は最初に抜いた拡張用の水だけだった。
 そのままサラが私の股の中心にピンを3回刺すと、お腹の奥がほろりと緩んで、アナルと同じようなきもちよい喪失感があった。
 体の奥で何かがズルリと移動した。
 サラは貞操帯を解錠し、前カバーと膣の細身ディルドーごと外した。
 私が膣で温め続けたステンレスの棒は、処女膜を傷つけないほど細身だったのに、何もかも失ってしまうような大きな喪失感があった。
「しくしく」
 私はついに泣きだした。

「子宮ローターのために生理を抑える薬を少し飲んでもらっていました。もうその必要はないので、このあと数日で生理になると思いますからそのつもりで」
「はい、ぐすぐす」
「ピアス、外しますね」
「い、嫌です、わあーーん」
 これを外されると、自分の苦労もサラとの想い出も全て失う気がした。
「でも鼻輪と胸のプレートは邪魔でしょう」
「うう」
「では胸はプレートだけ外しましょう。鼻輪は外してスリーパーというテフロンのピンにしましょう」
「わかりました」
 サラは腰のポーチから道具を出すと、乳首のリングを開き、チェーンとプレート付きの球から、ただの球へ替えた。
 鼻輪は外され、代わりにプラモデルの部品のような白いリベット状の部品で穴を塞がれた。
「こうしておけば穴はキープされますのでいつでも鼻輪に戻せます」
 私は泣きやんだ。
 髪の毛を螺旋状に束ねた革ひもも外してもらい、ピアス以外はもとの体に戻った。
「服、着てください」

 私は自分のクローゼットから下着と普段着を出して着た。
 全然自分の存在に合っていない、貸衣装を着せられているような気分だった。
「モトコ、お別れです。祖父と私のためにあなたの人生の数カ月を滅茶苦茶にしてしまって本当にすみませんでした。忘れてくださいとはいえませんけれど、早くモトコの心の傷が治りますようにおいのりしています」
「サラ!」
 形式ばったこと言っているけれど、サラも私も同じ気持ちだとわかっていた。
 できればずっとずっとサラ本人のポニーでいたい。
 サラと色々な所へ走っていって、いっぱいいっぱい誉められたい。
 そしていっぱいいっぱいご褒美もらいたい。
 一生そんなこと続けるのは無理だとわかっているが、せめてお互い納得する形で、こんな復讐劇の一部ではなく暮らしてみたい。
「サラ、沢山言いたいことあるのに、言葉がでないよ。おじいさんのことが済んだらメールくらいください。絶対遊びに行くから」
「そういえば、お互い電話もイーメイルも知りませんでしたね」
「ほんとうだ、あはは」

 警察の検死と事情聴取のあと、迎えに来たトラックに馬車を乗せ、サラは帰って行った。
 異常な状況ではあるが、事件性は無いということになったらしい。
 拉致の件は私も家族もプライバシーを心配して警察へは言わなかった。
 私は家族の質問責めにあったが、鼻輪がもう無いのを見ると、完全に解放されたと納得したようだった。
 サラを見送った私たちが玄関から家に入ったところで、私はすごくエッチな違和感を覚えた。
 下着でクリトリスと乳首がすごく擦れる。
 たいへんだ。
 ああええと、それより自分が臭い。
 それに、部屋には外した馬具が出しっぱなし。
 うわあ玄関にはポニーブーツが置きっぱなし。
 真っ青になってそれを抱え、部屋に戻ってこの混沌とした状況を整理した。
 下着はライナーを当てれば少しましになった。
 乳首はブラがずれなければ平気だとわかった。
 ブーツを含め馬具一式はクローゼットの空いてる引き出しにしまった。
 ピアスはサラが道具ごと置いていってしまったので、首輪の鍵、貞操帯の鍵、ディルドーのバルブ解除ピンなどと一緒に私の宝箱に並べて仕舞った。
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