人間万事塞翁がポニーガール

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  【ポニー調教】  

 廊下を歩いて食堂に向かう。
 廊下の窓の外は真っ暗だった。
 今日は鉄球が無いのでとても楽だ。
 尿バッグがバカみたいだ。
 食堂に入ると沙羅が目を丸くした。
「オウ!それ、持ってきたんですか」
 私は真っ赤になった。
「置き去りにして人に始末させるのはちょっと」
「ではそこのゴミ箱に入れてください。そのまま焼却されますから」
「はい」
 それならばと食堂の大きなゴミ箱に投げ込んだ。
 席につくともう食事のプレートが置いてあり、沙羅は食べるのを待っていた。
「先日のあなたのうんちは私が始末しましたから、もう出した物とか気にしないで下さい」
「そうでした」
 私は真っ赤になった。

 時間がかなり遅いのか、食堂には沙羅と私だけしかいなかった。
 プレートの上に載っているのはバンズから肉が大きくはみ出たハンバーガーにポテトフライだった。
 それまで心理的な傷が大きくてボーッとしていたのに、普通の食事を目にしたとたん、ゴクリと喉を鳴らし、沙羅がわざわざ待っていてくれたこともすっかり忘れてハンバーガーを両手で掴み、目を剥いて口に押し込んだ。
「おちついて、御竦さん。オウ、握り潰すとお肉がはみ出て落ちますよ、ほらほら」
 私は手がぐちゃぐちゃになるのもかまわず手のひらで手前へ潰すように口へ押し込むと、目を白黒させながら嚥下した。
「んぐっ!」
 ドンドンと胸を叩いて最初の一塊が胃に落ちるとようやく落ち着いた。
 動物のように手のひらを舐め、左手に残った四分の一を口へ押し込み、数回咀嚼しただけで嚥下し、左手を舐めた。
 沙羅が笑ってようやく自分のハンバーガーを手に取った。
 それが沙羅の口に運ばれるのをぼーっと見ているうちに、ドッと胃から脳へ血が巡って、普通の思考を取り戻した。

「あ、ご、ごめんなさい! 私勝手に…………」
「かまいませんよ。お腹減ってたでしょう。あ、これも食べますか?」
 一口かじったハンバーガーをずいっと私に差し出す。
「いえ、結構です、すみません」
 私は急に獣のように食べたことが恥ずかしく、また沙羅のを物欲しそうに見つめてしまって恥ずかしくなった。
「手足はほぐれましたか」
「まだ少し痛みますけど、大丈夫だと思います」
「もう馬具は準備できていますので、明日をお楽しみに」
「スーツケース責めはもうありませんか」
「ありません。しかしポニーになってからも似たような責めはあります。逆らったり、訓練の目標が達成できないと全身拘束された上に呼吸制限マスクを装着されて放置されます。実質、スーツケース責めと同じですね」
「ひい!」
 口に運ぶポテトが全く味がしなくなった。
 ぐちゃぐちゃの手を始末して、トレーを片付け、歯を磨き、トイレで用を足してから自分の厩に戻って寝た。

 私の一生が歪められたまま終わってしまうかもしれない分岐点の朝だというのに、スーツケースの疲れのためかのびのびぐっすり寝てしまった。
「おはようございます」
 沙羅が入って来た。
「おはようございます……」
「まずはシャワーです」
 首輪に鎖をつけられ、コンクリート棟に入り、トイレ大小を済ませてからシャワー室に連れて行かれた。
「今日は髪の毛までよく洗って下さい」
 手枷の鎖が外され、足は鉄球が追加された。
 その姿でシャワーを出し、今日はボディーソープとブラシ、それにシャンプーが置いてあったので髪の毛も含め全身きれいに洗った。

 コンクリートの床にマットが敷いてあり、その上に食堂の丸椅子が置いてあった。
 そこに座らされ、ドライヤーで髪を乾かしてもらった。
「長い黒髪はうらやましいです。この太さと艶とストレートさはブロンドではありえない。特に御竦さんのはすごい」
「そんな…… よくわかりません」
「あなたの長い髪は見た目美しいのでできればそのままポニーにしたいのですが、訓練中に絡まると大変なのでアップにします」
 鏡台が無いのでどうまとめられたかはわからないが、ねじりながら丸められて数本のピンで留められた。
 沙羅が離れたところにあったワゴンを寄せてくると、その上には黒い革でできた拘束具がたくさん載っていた。
「まずは首輪です。革製ですが、色々組み込んであるのでかなり厚めになっています。御竦さんに合わせた特注ですから金具はそのまま鍵になっています。絶対無理に外そうとしないでください。また、革製ですけど内部機構は防水、革そのものは完全耐水加工してあるのでそのまま洗えます。水濡れによるサイズの変化もありません。他の馬具も同じ加工です」
 まず鋼鉄の首輪が外され、まだ新品の革の匂いのする、金具のたくさん付いた厚手で幅広の首輪を首に巻かれ、留め金を閉じて施錠された。
 少しだけ支配される自覚が生じた気分になった。
 首輪の裏にリベットの金具でも出ているのか、うなじの左右に冷たい金属を感じるが、やがて温まると慣れた。

「次はウエストハーネスです。革製のコルセットですね。体の慣れにあわせて締め込みますので、これは調節式の留め金です」
 小型のベルトバックルのような留め金がたくさん並んだコルセットをお腹に巻かれ、背中で閉じられた。
 中心の下は大きくハの字に開いていて、おへそ丸出しになる。
 また胸の部分は下乳のカーブの形に切り込まれていて、胸も丸出しだ。
「これ、おっぱい丸出しなんですけど」
「普通そうですよ? ネットで写真など見たことありませんか?」
「しりませんよそんなもの。嫌あ」
「あのですね、御竦さんのおっぱいはかっこいいので隠すともったいないです」
「なんとかなりませんか」
「そのくらい従ってください」
「うう……はい……」
 コルセットから伸びる細いベルトが首輪の金具に前後で接続され、位置が安定したところで思い切り締め込まれた。
「うぐっ!」
「まだ緩いほうですが、最初はこのくらいでいいでしょう。ほんもののコルセットはおへそ周りごと締めて細くするのが目的ですが、これは胸郭を締めつけて息苦しくして、ポニーに奴隷という立場を常に意識させるためのものですから、おへそは出ていて平気です」
「なんでわざわざおへそ出すんですか」
「かわいいからです」

 鋼鉄製の足枷が鎖ごと外された。
「立って下さい。これは革製のパンツです。これからの調教によって装具は変化しますが、まずはこれを穿いて下さい」
 何か特殊な器具でも装着されるのかと思ったが、下はきわどいローライズカットの革パンツだけだった。
 革に伸縮性が無いので、お尻の上に留め金があり、穿いた後で留められた。
「そして一番特徴的なブーツです。ベースはハイヒールブーツですが、完全な特注品で、ちゃんと蹄鉄まで付いています」
 それは一番下を見なければ普通のニーハイブーツだったが、踵は完全に無く、まるでつま先を円錐台に差し込んだような形をしていた。
 つま先は正確には円錐台ではなく、底面が馬の蹄の形をしていて、そこからなだらかに人間のブーツへと移行している。
 沙羅が裏返して見せると木と革で形作られた蹄に、サイズ小さめだが本物の蹄鉄が打ち付けてあった。
「これは非常に良く出来ていて、広い底面と踵を支える金属製のソールのおかげで爪先立ちでも安定しています。しかし安定していると言っても普通の12cmハイヒール相当の不安定さはありますので、足首を傷めないよう注意してください」
 くるぶしに付いたジッパーを開き、沙羅が私の足にブーツを履かせた。
「つかまっていいですよ」
 素直に沙羅の肩に掴まり、その不安定な履物を履いて立った。

「うわあ、慣れませんね。前かがみになってしまいます」
「慣れてください。12cmヒールはボンデージやフェチギアでなくても普通に市販されているサイズです。課題がこなせないとおしおきですよ」
「う……」
 窒息の恐怖がよみがえる。
「なんとかがんばります」
「一度座ってください。轡を嵌めないといけませんから」
 裸足で立ち上がったときよりお尻の位置が高くなっていることに気付かず、座面の高さを誤って、うしろへこけそうになった。
「大丈夫ですか。座れたならこれを咥えて持って下さい」
 渡されたのは金属のバーが複数組み合わされた部品が革ベルトの塊にぶらさがったもの。
「そのU字部分を口に咥えます」
 U字形の金属板2枚を溶接した状態で貼り合わせてあり、その上下2面には黒いゴムが張ってあった。
 溶接する時に角度がつけてあり、奥歯の方が薄く、前歯の方が厚くなっているので歯の負担はほとんどない。
 溶接は前の端と後ろの端だけで、上下の板の隙間には太い金属棒が通してあり、カタカタと前後に動くようになっていた。
 ゆるいバネが内臓されているようで、カタカタはするが手を離すと中心位置へ戻る。
 棒の両端には大きな金属の輪があり、革ベルトの塊へと繋がっていた。
 まずそのU字を口に含むと、口は完全には閉じなくなり、唇の左右からその金属棒が少し飛び出した状態になった。

 沙羅が革ベルトの塊をほぐしながら私の頭に被せた。
 するとそれはハチマキのように額を一周するベルトと、頭のてっぺんを前後左右に通るベルト、こめかみから口に咥えた棒まで垂れたベルト、それとは別にこめかみから顎の下を通るベルトにわかれた。
 それぞれを調節して締め込まれると、頭をぐるりと締め付けられ、下顎も締め込まれ、口に噛まされたU字金属板の厚み以上は口が開かなくなり、その隙間をカタカタ動く棒で唇の脇が割られた状態にされてしまった。
 沙羅は口の脇の輪を指で引っ張って、それによって私の口角が適度に引っ張られるのを確認した。
 どうやらここに手綱が付けられ、操られるらしい。
「最後は手です。この手袋を嵌めます」
 鋼鉄の手枷が鎖ごと外され、手をグーに握らされ、分厚い革で出来た球状の手袋を嵌められた。
 首輪以外どの装具も施錠されていないのに、これで自分では全く脱ぐことは出来なくなった。
「ネットにある画像ではバーギャグを噛ませているのが多いのですが、本来の乗馬のハミの意味では御竦さんの轡の方が手綱の合図が正確に伝わるのです」
「ウウ……」
 すでに返事も出来ない体になっていた。
「手も最初はこのまま後ろ手でOKです。最終的にはアームバインダーになります」
 手首同士をナスカンのようなもので後ろ手に繋がれ、今説明された轡に手綱を繋がれると引かれるままに、今まで裸足で歩いていた廊下を今度は恐ろしく不慣れなブーツでコンクリート棟の外へ出た。

 歩きながら沙羅がこちらを気遣う振りをする。
「まだまだパーツとしては足りないものがたくさんあります。実際に馬車に接続するハーネス、遮眼帯、そしてアナルプラグ式のポニーテール、アームバインダー、装飾としてはプルームと呼ばれる頭飾りや鈴やエンブレム等です。でもとりあえずはその姿で馬として暮らすことに慣れて下さい」
「クフッ」
 そのまま手綱を引かれ、広いグラウンドを横切ると、奥に木製のやぐらのようなものがあり、そのてっぺんから釣竿のようなバーが水平に出ていた。
「普通はT字のバーで2頭のポニーを繋ぐのですが、この施設は今は御竦さん専用なのでバー1本です」
 バーの先端からは鎖が垂れていて、その先が短く二股に分かれそれぞれにナスカンのような金具が付いていた。
 沙羅は私をその鎖の下まで引いてゆくと手綱を外しその鎖の金具を左右の轡のリングに取り付けた。
「ポニーガールの様式美としてハイステップ・トロットという姿勢があります。背筋を伸ばして太ももを水平以上に持ち上げて歩くのですが、御竦さんはまだ不慣れですからそこまでしなくていいです。ひたすら歩く練習をしてください。ただし、せめて姿勢だけはまっすくお願いします。できなければおしおきです」
「クヒッ」
 沙羅がスイッチを操作すると、やぐらの上から水平に突き出たバーがゆっくりと回り始め、その先端から垂れる鎖に繋がれた私はいやおうなしにやぐらの周囲をぐるぐると周回させられることになった。

 ゴウンゴウンと古びたモーターの唸りがやぐらから漏れ、バーの動作も時々引っかかるような感じで心もとない。
 しかし口に食んだ金属バーを引っ張られるとそれに従わざるをえず、無理に止まってこの不安定なブーツの状態で引き倒されるのは怖いので、この恐ろしく間抜けな調教に強制的につきあうこととなる。
「しばらくがんばっててください」
「ウアウ」
 沙羅はその場を離れた。
 後ろ手のままポックリポックリと不慣れな足取りで半径5mほどの円を延々と回る。
 最初は鎖に引かれるまま不自然な前かがみで嫌々歩いていたが、腰が引けていることに気付き、ぐっと腰を入れたら随分姿勢が安定した。
 丸い革手袋を嵌められた後ろ手を腰の中央に当てて、腰を前へ押し出すようにして姿勢をまっすぐにしながら歩く。
 何周かすると土に自分の歩いた跡がはっきり残るようになったので、鎖に誘導されるよりもその足跡に従って自発的に歩くようにするともっと楽になった。
 拘束されてばかりで体がなまっていたので、ちょっとだけ楽しくなってきた。

 しばらく姿勢良く歩いていると、ブーツの歩き方も掴めて来た。
 普段の靴だとどうしても踵に体重をかけるが、このブーツはつまさきだけで歩くようにしないといけない。
 最初は踵に体重が乗りそうになって後ろへ倒れそうになり、それを足首の力で補正していたために、足の甲がつっぱるように痛くなっていたが、つま先だけに気持ちを集中すると自然と痛くなくなった。
 膝から下が垂直の縦棒になったつもりでスタッ、スタッと歩いてみた。
「オウ! 御竦さん、あなたどういうひとですか。それで太ももをもっと高くあげればハイステップ・トロットですよ」
「ホフ?」
 沙羅が戻ってきていた。
「すごいひとですね。ではスピードアップして、ハイステップ・トロットでずっと回ってください」
 沙羅がスイッチを操作すると、バーが軋みながら回転数を上げた。
「フォームが崩れたらおしおきです。カメラで監視してますのでサボらないでください。あ、さっそく足が下がってます」
 バシイと鞭で叩かれた。
「ンーーー!!」
 ハイステップにすると動作が大振りになるわりに大して前へ進まない。
 それに普通に歩いている時はゆらゆら揺れる程度だった胸が、ぶるんぶるん振れて煩わしいしみっともない。
 ハイステップは真剣にきつい。
 必死で太ももを振り上げ、パッカパッカと文字通り馬の足音を響かせて何度も何度も周回した。

 沙羅はいつのまにかまた居なくなっていた。
「ハッフッ、ハッフッ」
 最初結構楽しかったが、真剣にきつくなってきた。
「ゼッ、ハッ、ゼッ、ハッ」
 もう足が上がらない。
 よろよろと普通の足取りで数歩歩き、体勢を立て直してからまたハイステップにしてみたが、どうしてもキレが悪い。
 また鎖に引っ張られて数歩よろよろしてしまった。
 沙羅が来た。
「だめですね。サボっては。おしおきです」
 いつになく厳しい口調で言うとバーの回転を止め、私を鎖から外し、木のやぐらの前まで引っ張った。
 沙羅がやぐらの側面のドアを開けると中は人一人がギリギリ立って入れるほどの空間になっていて、内部もドアの内側も真っ黒に塗られていた。
 私は何が起こるか予想して真っ青になった。
 沙羅は内部に手を突っ込み、ゴソゴソやってから、長い蛇腹ホースのついたガスマスクを取り出した。
 ホースは内部から伸びている。
「ヒイ!」
 私はあとずさったが、背後から沙羅に抱かれるようにしてガスマスクを装着されてしまった。

「コシュー」
 特注なのかそのガスマスクは轡ごと装着しても隙間なく嵌るようにできていて、後ろで留められるともう脱げない。
 ドンと押されてそのやぐら内部の真っ黒な部屋に押し込まれた。
 マスクの目の部分はガラス窓にはなっているが、暗闇に向かって押し込まれたので何も見えない。
 カチャカチャと首周りや胸のコルセットの金具に何か接続されると、その狭い空間で身動きできなくなった。
 バタンと背後で扉が閉まり、真っ暗闇になった。
 モーターが動いていれば相当うるさそうな空間だが、今は逆に静寂のきわみだ。
 身じろぎしたときの鎖の鳴る音しか聞こえない。
 そして自分自身の呼吸音。
「コシュー」
 どこかに弁でもあるのか、だんだんと呼吸が制限されてきた気がする。
 ああ、あのスーツケースの二の舞だ。
 でもあの状態でどうやってハイステップを続けるというのだ。
 わざとおしおきに持って行ったとしか思えない。
「コシュー」
 みじめで泣けてきた。

「フヒュ? フヒュ?」
 吸う息がなんだかすっぱい感じがする。
 まるで紙袋を口にあてて呼吸を繰り返すのと似ている。
 外気を制限されているのがはっきりわかる。
「ヒュッ!ヒュッ!」
 だめだ、またパニックになってしまう。
「ヒュッ!ヒュッ! ヒューーーーッ!!」
 たすけて……
 たすけて……
 ゆるして……
 運動直後でもともと息が荒いのに、こんなことされたら本当に死ぬよ。
 ああ……
 全身から力が抜ける……
 ぐったりした頃にこの窒息営倉とでも言うべき小部屋から出された。
「あ、おしっこ漏らしてますね。午後の調教はパンツなしでお願いします」
「フヒィ……」
 力なく叫んだ。

 スポーツドリンクの容器のようなもので口の脇からチューッと薄甘い液体を飲まされると少し元気が出た。
「今度は実際に馬車を引いてもらいます。これも練習ですから遮眼帯や鈴やプルームは無しです」
 やぐらの前から手綱をつけられて広い馬場に移動すると、そこには横2人掛け座席のついた簡素な馬車と馬具が置いてあった。
 沙羅が馬車の椅子の上の馬具を取ると、それはX字をした幅広の革ベルトにさらに水平の革ベルトが組み合わさったようなものだった。
 革の厚みはかなりあり、幅も広く、馬車を引く力に耐えうるものだった。
 一度後ろ手を解かれ、Xの交点が胸の中心に来るように取り付けられると、背中の方でXのベルトや腰ベルトが締められた。
 交点の部分はかなり幅広で、おっぱいが左右に分けられてしまうけれど、なるほどこれなら肩と胸板と腰の面で引くから充分実用的だ。
 後ろ手を戻されると、腰の位置にある金具に馬車のアームが接続され、本当に馬になった気分だ。
「最初は私は乗りません。そのまま良いと言うまでトラックを周回してください」
 私は頷いて走り出した。

 馬車は最低限のサスペンションがついているのか、馬場の凹凸を拾って跳ねる。
 それが腰に反動として返って来るのが結構つらいということがわかった。
 そして少し前傾で引かねばならないため、ハイステップ・トロットで引くなんて相当無理がある。
 でもこんなポニー調教ぐらいこなしてみせる。
 ドコドコドコと馬車が跳ねるのもかまわず突進する。
「ちょおー、御竦さん、速い! 速いです! スローダンプリーズ!」
 沙羅が血相変えて駆け寄って来た。
「フヘ?」
「勘違いしてます! 競争ではありません!」
 あ、そうか。
 ついつい競争に出場でもするのかと力が入ってしまった。
 疾走するのも気持ち良かったから。
 気を取り直してトラックを速足くらいの速度で走る。
「もういいですよ」
 沙羅の言葉に、スタート地点まで戻ったところで停まった。

「今度は乗ります。ゆっくりでいいですから、美しくお願いします」
「ウイ」
 轡に手綱を繋がれ、馬車に沙羅が乗り、本格的に馬として扱われる。
「手綱をピシリと弾かせたらスタートです。曲がる停まるは自然にわかると思います」
 沙羅は2人くらい乗れる馬車のスペースの中央に乗り、手綱をピシリと鳴らした。
 うわ、おっもい!
 でもある程度予測していたので蹄を土に食い込ませてスタートする。
 速度が乗ってくればそれなりに走れる。
 それに空車では跳ねてうるさかったサスペンションが、人一人乗っただけでしっとりした振動に変わり、走りやすくなった。
 そういったハード面以外でも、乗り手がいる方が楽だということがわかった。
 それは自分の意思がいらないから。
 ただ手綱の合図だけを頼りに、言われるまま力を入れるか、抜くか、曲がるか、停まるかするだけ。
 ゾクゾクゾクっと不思議な気分になった。
 この不思議な気持ちが何なのかわからないうちに、下が性器剥きだしのまま走らされていることを思い出し、屈辱と羞恥で真っ赤になった。

 陽が山の向こうへ沈みかけたころ、ようやく訓練が終わった。
 馬車との接続を外され、手綱と馬車用のハーネスも外された。
 私はまだ轡で顔面を戒められたままだが、ずっと重いものを引いていたので、すごく身軽になった気分だった。
「馬車はあとで片付けます。先に戻ってますからシャワー室に来て下さい。パンツもそこで返します」
 見下ろすと黒革のブーツと黒革のコルセット間の私の下腹部とふとももは夕闇にもまぶしいほどの肌色で、股間が幼女のようなペン先形を晒していて情けない寒々しさを感じた。
「フヤァ」
 顔を上げて沙羅を見るともうスタスタとずいぶん先をコンクリート棟に向かっていた。
 迫り来る夕闇の中で周囲を見回すと、ここからゲートまですぐだということがわかった。
 あのコウノトリや鉄球や鎖だらけの姿では無理だが、今なら充分逃げられるのではないか?
 それに裸足とブーツでは何より逃げられる距離が違う。
 履かされているのは異常な変形ブーツだが、かなり慣れたので、初日に脱走したとき見た道の様子ならいけるのではないか。
 最大の障害はお股と胸が丸出しだということだが、この絶好のチャンスには代えられない気がした。

 沙羅が建物に入るのを見届け、周囲を見回して監視されている様子が無いことを確認すると、もうすっかり陽が沈んで真っ暗になった馬場からゲートに向かって小走りに移動した。
 初日も乗り越えた鉄の門を、背面跳びの要領で、後ろ手のグーで門の上を押さえ、そのまま背中を軸に足を越えさせて突破した。
 足に鎖が無いのが何より楽だ。
 あとは小路を国道まで下りるだけ。
 曲がりくねってはいるが、普通の登山道程度に均されているので蹄ブーツでも普通に歩ける。
 暗闇に目を凝らし、小路の通りにどんどん下る。
 これなら初日よりも成功率高そうに思えた。
 そのうち遠くに時折明るい光が見えるようになり、ゴーッという車の音が聞こえるようになってきた。
 国道だ。
 やった、ついに脱出できそうだ。
 さらに下っていよいよ国道のアスファルトが見え始めたとき、ハッと気付いた。

 どうやって助けを呼ぼう。
 そのままいきなり飛び出れば確実に轢かれる。
 数台やりすごしながら道の中央に出て、自分の姿を晒して止まってもらうしか……
 このカッコウで?
 そのまま警察へ連れて行かれそう。
 いやそれでもいいんだけど、胸はともかく下丸出しはかなりまずい。
 どこかでピッピと電子音が鳴っている。
 今はそれどころではない。
 ピーッピーッと大きくなる。
 うるさいな。
 すると首筋にチリッと電気を感じ、うなじの毛が逆立った。
 そのチリチリが首輪を嵌められた時に感じたうなじのリベットからだと気付いた時、周囲の木々が赤く浮き上がっていることに気付いた。
 木々の赤い明滅が、自分の首輪から出ている赤い光の点滅の反射だと気付いた時には目も眩む電撃を浴びて体が硬直し、国道を目前にして昏倒していた。、
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