人間万事塞翁がポニーガール
【コウノトリ】
気がつくと小屋へ逆戻りしていて、全く同じ状態で首輪を戻された上に、手足に金属の手錠が掛けられていた。
手は後ろ手錠にされているので、さすがにもう抵抗できない。
「ここはあなたの厩です。あなたはポニーガール知ってますか?」
「知りません」
「文字通り、女の子を馬にして馬車を引かせたりすることです」
「そんなバカげたことをして何になるんですか!」
「日本ではあまり知られていませんが、欧米では調教の一つの形です」
「私をポニーに? バカげてます。絶対にポニーになんてなりません」
「大丈夫です。これからあなたはさまざまな超拘束調教を受けて、自らポニーにしてくれと望むようになります。ポニーも人としての機能を『走る』という単一に制限された超拘束ですけど、まだ動けますからね」
「超拘束って……」
私は得体の知れない恐怖を感じ、ごくりとつばをのんだ。
「ところで、提案があります。ここにポニーの馬具一式があります。これを素直に身に着けて、ポニーとしての訓練を受けるというのはどうでしょう? 最後には箱詰めされ船便で飼い主の所へ送られるのですが」
「絶対に嫌です!」
「少しの我慢で、酷い目に遭わずに済みますよ?」
「ポニーにされること以上に酷い目ってあるわけないでしょ! しかも家畜のように売り買いなんて!」
「はい、多分そう言うと思いました。では後ほど」
革スーツの女性は出て行った。
入れ違いに酪農家風ツナギを着た屈強な外人の男性2人が入って来て、目の前に鉄で出来た大きな三角形の器具を置いた。
三角形の頂点はただの尖がりではなく首くらいの大きさの環になっていて、斜面の左右に手首ほどの大きさの環があった。
三角形の底辺に相当する部分は鉄の棒になっていて、男の一人がそれを留める南京錠を解錠すると、その棒を引き抜いた。
すると棒からはU字の環が2つ抜け、その鋼鉄でできた三角形は環になった頂点にある蝶番を中心に、左右に開いた。
私の首から鉄の首輪が外された。
男の一人が私を引き起こして普通に床に尻をついて座った姿勢にさせると、私の首に後ろからその巨大な三角の環の部分を嵌めた。
もう一人の男が御丁寧に環に圧迫された髪の毛を引き抜いてくれたが、うなじに直接触れる鋼鉄の塊が死ぬほど冷たかった。
そして私の膝を挟むように三角を閉じると、今度は左右についた手首ほどの環を開く。
三角の側面は二重になっていて、この側面の環にも蝶番があり、膝を挟む部分とは別に開くようになっている。
男達が手を離すとこの三角全体は凄い重さで、私はきつい体育座りしたように、膝を胸におしつけるくらい前屈みになる。
その間に後ろ手の手錠が外されたが、左右の手をそれぞれ男一人ずつに掴まれていてはとても反撃などできない。
なすすべもなく左右の手首がその三角の側面のそれぞれの環に嵌め込まれ、二重の部分が閉じられるともう抜けなくなった。
底辺の部分はまだ開いているので、今振りほどけば逃げられそうだが、足錠のままでは遠くへは行くのは無理だ。
すると、最初に抜き取られた棒が少しずつ差し込まれ、そこへ足錠のまま片足首にU字の環を嵌められ、そのU字の環を閉じるように棒が戻されて行く。
片方の足首がその棒に固定されると足錠が外され、そのまま棒がさらに元に戻され、反対の角の手前で停められた。
そこで反対の足首にもU字の環が嵌められ、それを閉じるように残りの部分の棒が戻され、全体が三角形に戻った。
棒の端が南京錠で施錠され、もう自力ではどうすることもできなくなった。
私は鋼鉄の三角形の上の頂点に首、底辺の左右の端に足首、側面の途中に手首、という状態で拘束された。
男達は私の位置を直すと、背中に大量の藁の山を置き、そこへ私をもたせ掛けた。
私はあのへんてこな白い貫頭衣だけの頼りない姿のまま、三角形の鋼鉄の枠に固定され、左右の膝は枠の中に収まるような姿で座っている。
男達が出て行ってしばらくすると、あの女性が戻って来た。
「どうですか?」
「どうって…… 重いですよ」
「それはコウノトリという中世の拷問具です。今の姿勢ではただのストック拘束具です。絶対仰向けに寝ないでください。死にます」
「死ぬって…… これからどうするつもりですか?」
「あなたの仕事は、もう今までの生活を捨てて拘束調教を受けることです。最初は物足りないかもしれませんね」
「そもそもあなたはだれですか? どうしてこんなことをするんですか?」
「では私のことは沙羅(さら)と呼んで下さい。理由は…… 私怨、ですかね。気が向いたら話します。夕飯までそのままです」
沙羅は出て行った。
古い納屋を改造したような厩に私一人残された。
へんな拘束具で座らされたまま……
この拘束具は、足首はともかく、手は直接ロックされているわけではないので、二重になっている部分を浮かせれば手首くらい抜けそうだ。
三角の斜面に相当する部分だって、底辺を構成する棒にただ貫かれているだけで、棒の長さの範囲なら自由にスライドする。
今はそこに私の両膝から太もも、ふくらはぎまでが入ってしまっているために、外向きに押されているだけだから。
やや開き気味の股をぴったり閉じてみる。
すると足首も内側にスライドし、足首のU字金具もスライドする。
すると手首を押さえている一番外側の部分はU字金具より内側なので、開かずについてくる。
だめだ、これじゃ外れない。
朝に拉致されてから今までがめまぐるしすぎて時間を忘れていた。
厩に差し込む陽の感じから、午後2時か3時ごろだろうか。
動かそうとすれば足の先は動くのだから、うまくお尻と3点で動かせば遅いながらも移動できないだろうか。
今は首輪で柱に繋がれているわけではないので、移動さえ出来れば逃げられるかもしれない。
藁束から背中を浮かせ、ガッチャンと片足だけ前へ出してみる。
く、首が! 首が邪魔して思った以上に三角形は歪まない。
かなり痛い思いをして右の角が前に出たのは3cmほど。
今度は左をガッチャンと出すが、やはり3cmほどだ。
左右を出した位置に合わせて、お尻をズリッと前に引く。
嫌あ! 貫頭衣はお尻に付いてこない。
このまま行くとお股は剥き出しになってしまう。
それでもがんばってガッチャンガッチャンと50cmくらい前に出たが、首はゴキゴキ足はガクガクで疲れてしまった。
これは無理かもしれない。
そのまま背中を預けて休もうとしたら、既に藁束からかなり離れていて、いきなり仰向けに倒れた。
「ぐぶうッ!!」
胸板を嫌というほど圧迫され、仰向けのまま嘔吐寸前のような形相で胸の空気が全部出た。
巨乳というほどではないがそれなりに大きさのある私の胸の谷間を割るように、首環部分の前の付け根、つまりゆるく開いた三角形の頂点がドンと胸郭に載っている。
胸板の圧迫に目を白黒させたのも束の間、足の方が重いため今度は足の方が床に着く。
すると私の胸板を支点にして、首が嫌という程引き起こされる。
「ぐえええ!!」
首がもげそうに引っ張られ、上体が起こされるが、相変わらず胸板を押さえられているので起き上がれない。
首のきつさを解消するには、足を上げるしかない。
ところが、足は三角形の枠の中に膝や太ももが入るように曲げられているので、楽な位置に伸ばせない。
「フヒッ…… フヒッ……」
胸板に20kg近い鉄の塊が載ってるのと同じなので、真剣に呼吸が苦しくなってきた。
胸板を楽にするには、腹筋を使って首を起こすしかない。
足を中途半端に縮めたまま力を入れっぱなし、腹筋も力を入れっぱなし、どこか一部でも力を抜くと鉄の塊が胸板を真剣に圧迫し本当に息が出来ない。
ちょっと……これって……
最初、腹筋が痙攣してきた。
大変だ、とにかく起きなければ。
!!
どっちへ体を傾けても、重心を完全に移動させて起き上がる姿勢を取る事ができず、ただ自分の背中を中心にゆらゆら揺れるばかり。
弾みをつければ横にゴロリとなるくらいできそうに思えたが、恐ろしく計算された手首位置のため、自分の肘がつっかえ棒となるのだ。
恐怖に冷たい汗が浮く。
唯一許された姿勢は、足と腹筋に中途半端な力を掛け続けることだけ。
10分も格闘していたら、全く自分ではなにもしないのに、膝がガクガクと震え始めた。
もう汗だくで引き起こしてる上体の腹筋もまるでEMSの電気刺激をうけているように不随意に収縮し始めた。
私は真剣にこの器具の恐ろしさに恐怖した。
「わーーっ! わーーっ!」
情けない叫び声だが、全く未知の器具の作用と、経験したことのない自分の体の反応に驚いて、こんな声しか出なかった。
必死に止めようとしているのにビクン、ビクン、ビクン、ビクンと足が勝手に跳ねている。
意識してすらいないのに、ブブブブブブブと腹筋が真剣に痙攣して振動している。
20分もすると私は背中を丸めた仰向けの胎児の姿勢で三角の鋼鉄の枠に嵌められたまま、勝手に震える肉オブジェと化していた。
もう声すら上げられず、目を剥いて首を起こし、無言で脂汗を垂らすだけ。
「クッ!」
首の力が限界になると、すぐさま胸板が押されて呼吸困難がやってくる。
すぐに窒息させないところが恐ろしい。
ひたすら圧迫のみによって吸気を制限されるのだ。
「ゼーーーッ! ゼーーーーーエェェッ!!」
首の安堵と引き換えに胸板に大重量を甘受し、死の淵を覗くような狭窄した呼吸でヒイヒイしのぐ数分間を過ごす。
死と隣り合わせの休憩ののち、まだ痙攣の残る首を再び持ち上げようとしたら、大幅にガクガクブルブル震えて、もう持ち上がらなかった。
だめだ…… 死ぬ……
苦しみの底での緩叙な死。
見た目少し奇妙ななんでもない仰向けの姿勢は、傍からみれば悪ふざけのようなポーズにしか見えないだろう。
しかしその奇怪な姿を晒したまま、多分お股は捲れて恥ずかしい部分を晒したまま、惨めに死ぬのだ。
だがポニーの辱めを受けず、陵辱の憂き目にも遭わずに死ぬのは、結果良かったのかもしれない。
手足の感覚はもう無い。
腹筋はもうこの器具を僅かでも持ち上げる力すら残っていない。
足も脱力してきて、とうとう全重量でプレスされ虫の息だ。
ああ……
「大変!」
沙羅の声がして、すんでのところで圧迫が軽くなった。
背中からがばっと抱き起こされ、器具の南京錠が外され、一気に底辺の横棒が引き抜かれると、あの厳重な拘束がうそのように、一瞬で全てバラリとほぐれた。
最後にうなじに全重量が掛かり、それを左右に開いて外してもらい、ぐったりと倒れた。
「大丈夫ですか?」
「ゴホッ…… ゴホッ…… ゼェッ!」
「だから仰向けに寝たらだめといったでしょう。あなたが強情なら、突き倒して私の目の前でこの状態にしようと思ったのです。目の前なら痙攣の程度を見てすぐ起こせますから。勝手にやらないでください」
「ゼハッ! ゼハッ! 私を…… 苦しめて…… 満足…… しました?」
「何度も言うように、目的はポニーです。この事故であなたが懲りて、少しこちらのお願いを素直にきいてくれるようになったのなら、『満足』にはなります」
「少し…… 懲りました…… 全く抗えない拘束というのもあるのですね。ゴホッ」
「どうですか、逃げ出すことばかり考えないで、こちらに少し従って、その上で耐えてみませんか? つきあってくれるなら、手足の拘束を簡単なものにしますから、一旦ここを出て食事にしましょう」
「……どうやら逃げるのは無理のようですね。少し従った上で戦うチャンスを見つけます」
「それがいいでしょう」
全身の軋みの恨みから、皮肉たっぷりに言ったつもりの言葉に、沙羅はにっこり笑って返した。