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  告白  


§§ 病院からの呼び出し §§

「ただいまー」
「おかえりー」
 台所にお母さんが立っていた。
「魚屋のおじさんがこれをって」
 魚臭いビニールの包みをお母さんに渡す。
「あは、御苦労様」
「あのおじさん嫌ーい」
「なんで?」
「だって、私のこと『姫、姫』って冷やかすんだもの」
「あら、いいじゃない、別に。 日ごろ色々と御苦労があるんでしょ」
「もう、お母さんまで。第一、あのおじさんの苦労と私と何の関係があるのよ」
「そ! そ、それもそうよね! あ! あら、すごい貝! やっぱりワイン蒸しかしら。 昔を思い出すわぁ……」
 お母さんは何かまずいことをごまかすように慌てた口調になり、それから昔お父さんと食事に行った想い出でもあるのか、遠い目をしてボーッとなった。

「あ、そうそう、今日ねぇ、大変な事件があったんだよ」
「あら、どうしたの?」
「典子ちゃん知ってるでしょ?」
「ええ、中西さんね?」
「あの子が革で縛られて、犬みたいにされて、校門のところに繋がれちゃったんだよ」
「エッ!!」
 お母さんは真っ青になった。
「そ、それでどうなったの?」
「先生たちがなんとか外して、病院に連れてったみたい。一応乱暴はされてません、て」
「そ、それで、その子は珠里に何か言わなかった?」
「エッ? なんで? ギチギチに縛られたまま病院に連れて行かれちゃって、話なんかできなかったよ」
「ああああ、まさかね……」

 ――ピロリロリロリロ――

 ――ピロリロリロリロ――

 その時突然、家の電話が鳴った。
「はい、御門(みかど)です」
 お母さんが電話に出る。
「…… はい、帰って来ておりますが…… ……ええ…… えっ!?」
 受話器を押さえて私を見る。
 私は、その哀れむような悲しそうな目に驚いた。
「…… ええ、……はい、行かせます…… ……はい……」
 ガチャリと受話器を置いた。
「一体どうしたの?」
「中西さんが……」
「え? 中西さんが?」
「……珠里に話したいことがある、って……」
「今の電話、中西さん?!」
「違うわ。担当のお医者様。珠里に面会に来て欲しいって」
「いく、いく、今すぐ行く!」
 とたんにお母さんはわーーっと泣き出しだ。
「ど、どうしたの? 急に」
「うっ、うっ、何を言われても、心を強く持つのよ」
「いったい何のこと?」
 あとはお母さんは泣き続けるだけなので、Tシャツにデニムミニの部屋着のまま、携帯だけ掴んで飛び出した。
 いきなり携帯に着信する。
『あなた病院の場所知ってるの?』
「駅前の総合病院でしょ?」
『そうよ。B棟8階ね。まずナースセンターに寄ってくれって』
「わかった。ありがとう」



§§ メッセージ §§

 足早に駅方向へ向かう。
 駅の南口から一本国道側に入ったところにある総合病院へ駆け込んだ。
 入り口の案内板を見るのももどかしくB棟8階へ直行した。
 8階でエレベーターが開くと、すぐ前がナースセンターだった。
「あの、中西典子さんの病室はどちらですか?」
「中西さんは、今ご面会になれませんけど…… ご家族の方ですか?」
「えっ? 私、呼ばれて来たんです。御門といいます」
「あ! はい、伺ってます。担当医師が参りますのでここでお待ち下さい」
「はい」
 看護師さんがいなくなると、若い先生が来た。
「御門さんですね」
「はい」
「こちらへどうぞ」
「はい」
 先生はサンダルをペタペタ鳴らしながら私の前を歩く。
 遅れないようについて行くと、奥まった個室の病室についた。
「かなり衰弱してますので手短かにお願いしますね」
「あ、はい」
 ガラガラとドアを開けて入るとベッドに上半身を起こした典子ちゃんが居た。
 目に光がなく、ボーッと放心した様子だった。

「典子……ちゃん?」
 私が声をかけてからやっとこちらに気づいた様子だった。
「あ…… 珠里……ちゃん?」
「大変だったね」
 私が言うと、突然典子ちゃんの瞳がキュッと縮んだように見え、恐怖に震えるような形相になった。
「ワーーーーーッ!! こんどは! こんどは珠里ちゃんの番だって! そう言えって! そのために私……!!」
「えっ?!」
「ワーーーーッ!」
 顔を手で覆って泣きじゃくる。
「ああ、まずいな。もう無理みたいです。お引き取りいただけますか?」
 若い先生が言う。
「はい……」
 私は『珠里ちゃんの番』という言葉にものすごいショックを受け、返事もままならなかった。
「すみません、私ここに残ってちょっと処置が必要ですので、お一人でお帰りいただいてもいいですか?」
「は、はい……」
 そう言いながら若い先生はナースコールのボタンを押した。
『はい、どうされました?』
「あ、だれかセット一式もって来て」
『はーい』
 先生への挨拶もそこそこに病室を出ると、入れ替わりに薬や注射器を抱えた看護師さんが飛び込んで来た。

 病院を出て家に帰る途中、典子ちゃんの言ったことが頭から離れなかった。
『こんどは珠里ちゃんの番だって!』
 典子ちゃんの異常な興奮状態も手伝って、私もあんな犬みたいな格好にされてしまうのかもしれないというメッセージに、ただ漠然と恐怖した。



§§ お父さんの告白 §§

「何て言われたのっ?!」
 帰るなり、お母さんが血相を変えて詰問する。
「……」
 犬みたいな格好にされてしまうかもしれない、なんて自分の口から説明するのは、恐怖と恥ずかしさで、とても出来なかった。
「ひどいこと言われなかった?」
 それでも、今にも泣き出しそうなお母さんを見て、正直に言うことに決めた。
 重い口を開く。
「こんどは…… 私の番だって……」
 それを聞くと、お母さんはさらに青くなり、呻くように言った。
「やっぱり……」
「何がやっぱりなの?」
「あのね……」

 ――ガチャガチャ――
「ただいまー」

 ちょうどそこへお父さんが帰って来た。
「珠里はここにいて」
 迎えに出ようとする私を制し、お母さんは玄関へ行った。
「エッ!!」
 玄関からお父さんの叫び声がした。
「…… ……」
「…… うん……」
「………… ……」
「…… わかった……」
 玄関でボソボソと話し合うお父さんとお母さんの低い声がする。
 そのうち眉間に皺を寄せたお父さんと、その後からお母さんも台所へ戻って来た。
「…… あの…… おかえりなさい……」
「……珠里、よく聞きなさい」
 今まで見たこともないほどの真剣な様子で、お父さんが私に話す。
 会社の背広のまま、カバンも握ったままだ。
「……なに?」
「最近、体の異常を感じないか? 興奮すると物が壊れたり……とか」
「えー? なにそれ。 別に、何もないけど?」
「……そうか。 これからおまえの誕生日が近づくにつれて、だんだんそんなことが起こるようになってくるはずだから、十分気をつけなさい」
「どういうこと?」
「ふぅ、ついに話す時が来たようだ。ちょっと待ってなさい」
 お父さんは着替えてくると、食卓の椅子に座った。
「『アナムネ』という言葉、覚えていないかな」
「聞いたことあるような、無いような……」
「おまえの生まれ故郷だ」
「えーっ?」
「おまえはその星の王女なんだよ」
「プッ! 『王女』って、そしたらお父さんは王様ぁ? アハハ」
「そうだ」
 お父さんの顔は見たことも無いほど真面目だ。
「ちょ、ちょっと待ってよ、そしたらお母さんは王妃?」
「そうだ」
 お父さんは表情をピクリとも変えない。
 あまりの真剣さにつられて私も真顔に戻る。
 私の顔からニヤけた笑いがスッと消えた。
「……そんな……いきなり……」

「事の起こりはおまえが4歳の時に起こったクーデターだ。アナムネでは、代々王家は気象などを司り民のために力を尽くして来た。王家の娘は代々ある特殊な能力を持つんだが、それは一種の念力のようなもので、大きな物をいきなり動かしたりは出来ないが、かなり広範囲に物質の性状に影響を与えることがでる。例えば埃に水蒸気が付着しやすくなれば雨を多く降らせたり、微妙な気温差を発生させて風向きをコントロールしたりだ。そして作物の収穫を上げ、民が豊かに暮らせるようにしてきた。ところが、私の邪まな弟が王位を狙い、お前を我が物にしようとした」
「なんで私を狙うの?」
「王家は親戚同士の近親婚で世代を重ねて来たため、その歴史の中では時々禍々しい性格の子も生まれた。弟もそのような生まれなのだ。しかし男子や次女以下はただ幽閉したり性格改善をすれば済むが、長女はそうはいかない。ちょっとした気分の変化で全世界に影響を与え、人が死に、国が荒れる。そのような時に考案されたのが特殊な貞操帯だった。貞操帯ってわかるかね?」
「一応歴史の授業で習ったけど。先生がイタリアに行った時の話に出て来た」
「ゴホン。えーそれでだな…… えーー」
 急にお父さんは真っ赤になって言葉に詰まった。
「あーー、実の娘に面と向かってこんな話をしなきゃならんとは……」
「どうしたの?」
「えーー、つまり、昔の、頭の少しおかしくなった王女は、獣といっしょだった。放っておけば念力のような力で好き勝手に周囲に影響を与えてしまう。しかし、えーと、その、せせせセックスの時は念力が出ないことがわかった。気持ち良さにわけがわからなくなって相手を殺したりしないためらしい」
 お父さんは真っ赤だ。
「さらに調べると、いつもエッチな気分でいれば念力は出ないということがわかったのだ。だからいつもエッチな気分にさせる装置をつけた貞操帯を王女に嵌めてコントロールしたんだ」
 お父さんは拳で額の汗を拭った。
「ふぅ。しかし、いつもエッチな気分でいる王女は、さらに気持ち良くなりたいと暴れた。だから王女専用の拘束具や檻まで作られたんだ。そしてそれは、実は王女の力をうまく利用する手段になった。民に必要な力を使うという条件で、その時だけご褒美に最高の気持ち良さを与えたんだ」
 私はゴクリと唾を呑んだ。
「それって、その王女はずっと檻に繋がれたまま、毎日エッチな気分のまま過ごしたってこと?」

「そうだ」

 ――ドクン!――

 私の心の奥底を流れる暗流に、にわかにさざ波が立った気がした。
「だが、ちゃんと終わりはある。こんどのお前の誕生日から身につくその特殊能力は、次の世代つまり女の子が生まれて、その子がお前の歳になれば終わる。そうやって受け継がれてきたのだ」
「ちょっと待って、じゃぁお母さんは今でもエスパーってこと?」
「そうだ」
「うそぉ!」
「あら、うそじゃないわよ? ほら」
 お母さんは割り箸を一本取り出し、手を使わずに目の前でバキッと真っ二つに折って見せた。
「ヒイッ!!」
「ここではあんまり使い道ないし、知られると大騒ぎになるから黙ってたの。でも珠里の学校の遠足や運動会って晴ればっかりだったでしょ?」
「ああああそういえばそうだ」
「一応は役に立ってるのよ」
「あああああ」
 にわかには信じられなかった王女の話が、突然現実味を帯びて来た。
 それでもやっぱり、お母さんの技は手品にしか見えなかったけど。

「どこまで話したかな…… そうそう、私の弟は見た目は優しいが、心の底には凶悪な野望を持っている。
 離宮で気ままな暮らしをさせているうちは、そのあまり良くない部分は表に出なかったのだが、ある日王宮の資料庫に入り込み、古(いにしえ)の貞操帯や拘束具、檻などを見つけてから、その凶悪さが表に出た。つまり、お前を自由に操って、アナムネの国を支配できる可能性を見いだしたのだろう。しかし、それはお前がこの次の誕生日を迎えなければ意味が無い」
「叔父さんは、なんでお母さんを標的にしなかったの?」
「精神のおかしくなった王女をコントロールするには、力が発現する前に、王女が処女のうちに快感を刷り込んで貞操帯を嵌め、力が発現してからはその貞操帯で王女に言うことを聞かせるという方法をとっていた。お母さんは弟が貞操帯のことに気づいた時点ですでに力をもっていたし、私と結婚もしていたから対象外だったんだ」
「ふーん、じゃぁその王女にさっさとセックスさせちゃえばいいじゃない」
「バカ! だれの話をしてると思ってるんだ! おまえのことだぞ! それに力を受け継ぐ前に処女でなくなると、力は消えてしまうんだ」
 私は真っ青になった。
「そ、それって、おじさんがあたしにその貞操帯一式を嵌めて操ろうとしてる、ってこと?」
「さっきからそう言ってるだろう」
「あたしは檻に閉じ込めらて、その…… えっちな気分になりっぱなしにされちゃう、ってこと?」
「そうだ」
「へたすると、一生檻の中かも、ってこと?」
「そうだ」
 ――ゾクリ――
 私ははじめて状況が飲み込めた。
「お前が4歳の時、弟が資料庫の貞操帯一式を見つけた。弟は半ば幽閉の身だったが、側近を金で丸め込んで幼いお前を拉致しようとした。弟は幽閉の身を装いながら、陰で着々と買収と恐喝を繰り返してついにクーデターを起こし、我々王家の者を殺そうとした。そこで当時次元物質転送の実験をしていたこの星のこの国のこの町の工場へ、お前と絽以君だけを送ったんだ」
「えっ! 絽以も私達の星の人間なの?」
「そうだ」
「あの工場のおじさんが?」
「いいや、本当の絽以君のお父さんは私の再従兄弟(はとこ)で、近衛隊長をしていた。お前達を送り出す時に亡くなったよ。今の絽以君のお父さんはこちら側でお前達の身柄を引き受けてくれた博士なんだ」
「ええっ? 町工場の社長だと思ってた」
「いや、あの人こそ物質伝送の研究ではこの星一番だろう。大企業からもオファーがあるそうだ」
「ふーん。あたしと絽以が血が繋がってたなんて知らなかった」
「ま、遠縁だがな。お前達を送り出して半年してから、ようやく大人サイズで記憶も残したまま転送できる装置が完成し、王宮に残っていた者たち何人かがこちらに移ってきたんだ」
「ひょっとして、魚やのおじさんも?」
「そうだ。彼は侍従長だぞ」
「道理で『姫』『姫』言うわけだ。でも、なんで今まで教えてくれなかったの?」
「当分はこちらで暮らさねばならないと思っていたし、まさか弟がここまで追ってくると思わなかったからだ。だが弟は痕跡を辿ってここまで追いかけてきた。転送装置の残骸を組み立て、数年前にこちらに来た。不気味なことにしばらく動きが無かったが、お前の誕生日前にどこかに拉致する計画を練っているようだ。しかも秘密に拉致するのではなく、堂々とつれ去るつもりらしいな」

「あなた、どうやっても止められないんですか?」
「ああ…… 珠里が王女の力を持つ限りな。お前だってそうして国民のために働いて来ただろう」
「それは…… そうですけど……」
「民が苦しんでいるのを看過することはできない。弟がこちらへ来て、早期にアナムネへ戻る手段ができた。弟の計画を利用して、うまく事態を収拾すれば、全員でアナムネへ帰ることができるかもしれん」
「収拾って、あなた、珠里を差し出すことがどうして収拾になるんですか?」
「よく聞きなさい。弟は珠里を決して殺したりはしない。そして処女も奪わない。ただ自分の言うことをきくように調教しようとするだけだ。珠里はがんばってその調教受け、自分をしっかり保って、弟の言うことなど聞かなければいいのだ」
「そ、そんなことできるのかな」
「おまえならできる」
「いくら国民のためとはいえ、あなた、珠里にそんな酷なこと……」
「それが王家の者の勤めだ。平和な時代ならそれを幸運と思い、困難な時代ならそれを受け入れなければならないのだ。今はまさに困難な時代だということだ。おまえだってそれはわかるだろう」
「ううっ…… うっ…… うっ…… わかっていますけど…… あなたは親として平気なの? 珠里がひどいことされるのを見たいの?」
「そんなことがあるものか! 私だって……」
「いいえ、あなたの書斎に『まだ』ソレ系のえっちな本があるの知ってます。それにパソコンのブックマーク、あれは一体何?」
「げ! そそそそそれは! それはだな……」
「ちょっと! お父さんもお母さんも、妙なケンカはやめてよ!」
「珠里……」
「あたし…… 調教受けるよ。結局それで言うこと聞かなければいいんでしょ? 処女のままならそんなにえっちなこともされないんじゃない? 単に縛ったり、叩いたりされても、心の底からおじさまの奴隷になるなんて考えられないよ」
「珠里……!」
「もしお前が弟に調教されている時、自分の能力を自覚したなら、それを使って弟を殺せ」
「そんな物騒な。いやよ、人殺しなんて」
「今お世話になっているこの国は法治国家だが、アナムネはまだ戦も日常に起こりうる国だ。お前は弟がいったい何人殺したと思ってるんだ」
「そんなこと言ったって……」
「私達には私達の勤めがあるんだ。それはお母さんも常に覚悟していることだよ」
「……そうよ、珠里」
「なら、なぜ今まで国を放っておいたのよ! 逃げ出して、ほったらかし、そんな王様、いる?」

 ―― パアァン!! ――

 お父さんに頬を叩かれた。
「お前は! 私達の気も知らないで! この街にいるアナムネの者たち全員、今のお前の言葉を聞いたらお前を許さないだろう。例え王女でも」
「あなた! 珠里は何も知らないのよ? そんなこと言っても……」
「王女として、知らないでは済まされないこともある。よく覚えておきなさい。みんな命からがら逃げ出して、なんとか国を元に戻そうと努力してきたのだ。みんなで国に帰る装置を作ろうとしてきたのだ」
「ごめんなさい…… 言い過ぎた……」
「今回、弟が追って来たということはアナムネ側の装置が蘇ったということだ。弟がこっちにいるうちにやっつけてしまえば、国に帰れるのだ。成り行きまかせと言われようと、姑息な手と言われようと、こんなチャンスを逃す手はないだろう」
「……わかったよ、お父さん。私はおじさまの調教を受け、隙を見ておじさまを殺す。これでいいんでしょ?」
「そのとおりだ」
 お父さんはぶっきらぼうに言って、そして私を抱き締めた。
 お母さんはまた泣き出した。
「もうお前は部屋に戻りなさい」
 泣き続けるお母さんをなだめながらお父さんが言った。
「うん……」
 階段を昇りながら『殺す』という言葉が無感情に簡単に口から出たことに、漠然とした違和感と不快感を覚えた。


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