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  本物  




§§ 本物 §§

「姫様、姫様」

 椅子の背にもたれかかったまま目を開けた。
 サングラスしたままなので視界が暗い。

「あ、ニルさん」
「姫様、もう夕方だから、中に入らないと風邪を引きますよ」
「あ、はい……」
 何もかも忘れて立ち上がろうとしたら、ニュルンとディルドーが抜け落ちた。
「ンあああぁンッ!!」
「うわ!」
「キャーーッ! ニルさん見ないでェ!!」
 慌てて拾って箱に入れたけど、椅子はドロドロ、木の床にまで汗や粘液が垂れて、もう弁解の余地なしだ。
「アハッ、姫様随分楽しまれたようですね。表情も明るくなって、ここに来られた時とは大違いです」
「た、楽しんでなんていません! これは練習なんです」
「何の練習ですか?」
 本当に無垢な笑い顔でニルさんが尋ねる。
「ハッ! い、言えません。ひ、ひみつです」
「ウフフ、おしえても良くなったら、こっそり私にだけ教えてくださいね? なーんて。 そうそう、お客様が見えてますから、いっしょにお食事どうですか?」
「誰ですか? お客様って」
「良く知ってる方ですよ。お見送りにも見えてたじゃないですか」

 ……まさか、絽以?!!

「あれ? 外れない…… おかしいですね。カギが壊れたのかしら」
 ニルさんが私の首輪に繋がる鎖の、テラスの柵に留めた方を外そうとして苦労している。
 あっちはさっき力を試しかけた方だ……
「仕方ないですね。こっちはあとで壊すとして、首輪の方を外しますね」
 ニルさんは私の首輪に鎖を繋いでいる南京錠を外し、椅子とディルドーの箱を持って、私を中へ案内した。
「本当は姫様を連れて移動するときは必ず首輪に鎖かリードをつけて引くことになっているんですけど、ナイショですよ?」
「はは、誰にも言いませんよ。逃げたりもしませんし」
「申し訳ありません、不手際で」

 一旦、調教部屋の中に道具や椅子を置き、私はシャワーを使うように言われた。
 こう親切だと気味が悪い。
 サングラスを外し、アップにしてる髪を解き、足枷を外してもらうと、ブーツを脱いでいる時にニルさんが心配そうに見上げた。
「えーと、姫様は手枷や足枷は着けたままにして戴きたいのですが、このいかにも奴隷用に見える革製の枷がお嫌でしたら、少し早いですが本物を着けて戴いてもいいですよ」
「本物も着けてもちゃんと外せますか?」
「もちろん、鍵で開け閉めできるものですから、ほら、このブーツ用だって」
「あ、確かにそうですね」
「でもね、文献によると、一度黄金の枷を着けた王女は革製に戻すのを拒むそうですよ?」
「そんなバカな。でも、革と金の違いはあるんでしょうかね?」
「重さが全然違います。だから革の方が楽だと思うんですけど…… ただ、革製はお風呂で洗いにくいけど金製は枷の下もきれいに洗えるメリットはありますね」
「ニルさんはその枷を試してみたことありますか?」
「と! とーんでもない! こんなチャンスでもなければ触れることのできない、第一級の国宝ですから」
「あ、ああ、そうか……」

 本当に絽以が来ているとすれば、手枷足枷はテーブルの下に隠せばいいとして、革の首輪は見られたくないと思った。

「あの…… 本物、借りていいですか?」
「もともと姫様のものですから『借りる』はヘンです。じゃ、本物ご用意しますからシャワーどうぞ。先に全部外しちゃいましょう」
 自動車の中で着けられて以来、外してもらうことのなかった首輪や手枷も外してもらい、完全な裸になった。

「えーと……」
 シャワーのノズルを握って置き場に困っていると、ニルさんが察してくれて、壁に埋め込まれた金具を引っ張り出した。
 そこにノズルを掛けてシャワーを出し、温度を調節する。

 ふぅ、ふぅ、生き返るゥ……

 セッケンとシャンプーの香りが落ち着く。

 髪の毛も二度洗いさせてもらい、バスタオルで良く拭き上げた。
「ブーツ、どうします? ブーツ無しだと裸足になります。足元は卓で見えないのでどちらでも結構ですが。ゆーちゃんは履くようお勧めしろって言ってましたけど」
「じゃ、履きます」
「はい」
 足もきれいに拭いてもらい、軽くパウダーをはたいてもらってからブーツを履いた。
 その足首に金の枷が嵌められる。
「すごい…… ブーツの上からですけど、姫様の足首に吸い付くみたいにぴったりですね」
「そ、そうですか?」
「手をこちらへ」
 手を差し出すと金の手枷が嵌められた。
 手を左右替えて、反対の手首にも。
「やっぱり重いです」
「そうですか」
「でも、確かに吸い付くようだって言うのわかります」
「へぇー、金は生体へ馴染みがいいって言いますからね。金歯とか」
「なるほど」
「はい、首輪です。私が嵌めていいですか?」
「あ、お願いします」
「はうぅ…… ゾクゾクします。姫様にこれを嵌めるなんて」
 私は手をうなじに回し、まだ下ろしたままの髪の毛を持ち上げ、首の回りを空けた。

 ニルさんは私の首にうなじ方向から首輪をあてがい、蝶番を横にもって来てカチリと閉じた。
 首輪に付いた大振りの金具が正面とうなじの位置に来た。
「どうですか?」
「思ったより苦しくないです。その革製はちょっとキツくて」
「しょせん革製は革製ですかね。ついでに貞操帯もいっときますか?」
「ニルさん、悪い冗談ですよ。さすがにその手には乗りません」
「アハハハハ、いやいや、今の状態で姫様に着けても効果ないですから純粋に冗談ですよ」
「あーびっくりした。髪の毛って下ろしたままでいいんですか?」
「今はいいです。さぁ行きましょう」
「ちょっ! ちょっ! ひい! 裸でですか? こないだの服くらい貸して下さいよぉ」
「あ、いいですよ」
 何を基準にして私を調教しようとしてるんだかさっぱりわからない。

 白いワンピースを出してもらい、着た。
 薄い綿の服にゴツいブーツがちぐはぐだけど、裸よりはマシ。

「鎖は後ろに付けましょうね。これならお客様にも目立たないです」
「あ、どうも……」

 鵜飼いの鵜のように私が先に立ち、ニルさんが後ろから鎖を持ちながらついてくる。
「この前と同じお部屋です」
「はい」
 行き先はわかっているので、ユックさんにさんざんちょーきょーされたように腰を入れてカッコよく歩く。
「はうぁ〜〜〜」
 後ろからフニャフニャの声がする。
 振り返るとニルさんが股間を押さえて立ち止まった。
 ニルさんが鎖を持ってるので、私も立ち止まる。
「どうしました?」
「ひ、姫様カッコイイです〜 ゆーちゃん姫様に踏んでもらったんですって? うらやましー」
 ニルさんは股間をくちゅくちゅいじって、今にもオナニー始めそうな勢いだ。
「ちょっと、ニルさん、早く行きましょうよ」
「あわわ! 姫様、大変はしたないところをお見せして申し訳ありません。もう平気ですからどうぞお進み下さい」
「はい」



§§ ロイ §§

 突き当たりの部屋の扉の前まで来たら、ニルさんが前に出て扉を開けた。
 中に入ると正面におじさま、その45°左隣りに絽以が座っていた。

「珠里!」
「絽以!」
「ははは、今日はロイ君が遊びに来てくれたよ? どうしてもジュリアのことが心配でたまらなかったそうだ」
 私は甘言に従っているうちにやんわり調教を進められてしまったので、言葉の裏面を探る思考のクセがついてしまっていて、すでに最悪の想像をしていた。
 絽以を拉致してひどいことするつもりなのかと思った。
「ろ、絽以も調教する気ですかッ!」
「ははは、いきなり何を言うやら。ロイ君を調教しても、何にもならないでしょ?」
「は、はぁ……」
「ロイ君は電車で麓(ふもと)の駅まで来て、タクシーで表門まで来たんだそうだよ。でもそれ以上入れなくてウロウロしているのが表門のカメラに写ったので屋敷へお招きしたというわけだ」
「絽以、ホント?」
「あ、ああ…… いてもたってもいられなくて…… どんなことされてるのか心配で……」
「ありがとう……絽以……」
「ひどいことされて、やつれてるんじゃないかって思ったけど、顔もつやつやしてて安心したよ」

 突然、私はカーッと真っ赤になった。

 絽以と会うちょっと前まで、おちんちんの模型で自らお尻をズボズボ掘りまくって、たまんない気持ち良さを貪り尽くしていたことを、顔の艶で指摘された気がしたからだ。

「つッ! つやつやじゃないもん!!」

 いきなりの私の返答に、全員があっけにとられた。
「あ? ああそうなの? で、でもとりあえず元気そうで良かった」
「あうあう、あ、ありがと……」
 自分でものすごく変な返事をしたことに気づいて、また真っ赤になった。

「とにかく座りなさい」
 ジャラリと首の後ろで鎖が鳴る。
 ニルさんに椅子を引いてもらい、席に着いた。
 ニルさんは鎖の端を椅子の背のどこかにカチッと固定してから、自分も席に着いた。

「ときに、」
 おじさまが切り出した。
「本物を着ける決心がついたようでうれしいよ」
「ちが! あ、あの、これはですね!」
 絽以の前でグダグダ説明すると何かボロが出そうな気がして、そこまで言った所で口をつぐんだ。
「きれいだね。どっかで見たことあるような気がするよ」
「そ、そう?」
 もうっ、お気楽だなぁ。
 これ、首輪だよ? 拘束具だよ?
 でも拘束具に見えないのかもしれなくて、ちょっとだけ安心した。

 絽以に妙なこと言われて説明に困っていたら、都合よくユックさんが食事を運んできた。
 目の前にご飯の載ったお皿が置かれ、アルミの小皿に3種類のカレーが入ったものが配られた。
 食事と言われてもっと洋風なものを想像していたので、ちょっと驚いた。

「ロイ君のお口に合うかわからないけど、どうぞ」
「あの、あたしも普通に食べていいんですか?」
 『普通に』の部分で絽以がピクッとし、私を見た。
「良いよ、良いよ、そのままで」
「うわぁ! やった! いただきまーす」
 3つのカレーはキーマと鳥カレーと野菜カレーだった。
 でもちょっと間抜けな味。
「うほ! 辛ッ! あの、水ありますか?」
 絽以の声。
「ワーッ、わっすれてまッしたー! 今もってきまーす!」
 ユックさんが慌てて水差しを取りに行く。

「そんなに辛いかなぁ」
「うふふ、姫様だけトウガラシ少なめなんです」
「えー? なんでですかー? あたし辛いの大好きなのに」
「ふふふ、そんなこと言ってると、あとで自分がお困りになりますよ?」
「なんでー? なんでですかー?」
「だってほら、出す時に…… ごめんなさい、食事中」
「あ……!」
 うんちする時お尻が辛いんだ!
 普段の生活ならその時だけ我慢すればいいけど、今はお尻がヒリヒリすると楽しいことができなくなっちゃう。
「わ、わかりました…… ご配慮に感謝します」
 絽以はするどい目付きで、私と笑っているニルさんを見比べている。

 食事が終わると、ガラムマサラの入った紅茶が配られた。
「良かったらロイ君しばらく泊まっていかないかね。一応ちゃんとした客間があるよ」
「やっぱり! 絽以も巻き込むつもりですね!」
「ロイくんを調教しても何の特にもならないよ。そんな時間も人手も無い。でもロイくんにはおまえの調教に参加してもらうことはできるよ。またオブザーバーとして見守るだけでも良いよ」
「珠里! もう調教されちゃったのか? なんかほのぼのしてるし、珠里も元気そうなんで安心してたんだけど!」
 語気荒く絽以が質問する。
 私はなしくずしに調教されちゃって、自分がどこまで堕ちてるのかわからないから返答に困った。
「えー? 調教って言うかぁー、んー、あたしも良くわかんないよ。初日から2日くらいはずっと犬の格好で放置されてて死ぬほど辛かったけど、今はこうして普通にご飯食べたり、シャワーも使わせてもらってるし……」
「畜生! やっぱりひどいことされてるじゃないか!」
「んー、でもどうしようもないもの」
「ハハハ。だから泊まって見ていきなさいと言っているのだよ。もちろん参加しても良いよ。ジュリアは今つらいと思うかね?」
「正直言って、あんまり……」
「ほらごらん。楽しくやっているようだよ?」
「本当か? 珠里」
「おじさま、本当に絽以に手を出さないで下さいますか?」
「さっきから言っているじゃないか。理由も利益も人手もないって」
「それなら…… 絽以がこの屋敷に寝泊まりしてくれるのは、心強いけど、でも…… 調教されてるとこ見られるのはヤダなぁ……」
「ロイ君はどうなんだね? ジュリアはああ言っているが」
「僕は…… できればずっと一緒にそばで見守っていたい」
「それはやぁぁ!」
「なら、ここに泊まる」
「……うん」
「ニル、寝室の用意を。ユックはここを片付けなさい」
「はい」
「はーい!」

「支度ができるまで2人はここにいて良いよ。私は失礼する」
「あの、ごちそうさまでした」
「カレーがね、口についてるよ」
「エッ!」
 おじさまは笑いながら部屋から出ていった。


 大きな円卓を挟んで、絽以と2人だけで向かい合った。
「な、なんで来たのよ……」
「心配だからに決まってるだろ?」
「どうしてここがわかったの?」
「おまえの携帯のGPS」
「そっか」
「もちろん、ここの連中はGPSのことも知ってて携帯を許したんだろうから、場所がわかっても何もできないだろうという自信と、もう一つ、罠かもね」
「罠って?」
「俺がここへ来ることが、さ」
「それがどうして罠なのよ」
「俺も、最初は一緒に調教されるの覚悟で来たんだ」
「絽以が調教? ウゲ! 気色わッるぅ〜」
「バカ! それでも一緒にいたかったんだよ!」

 ―― ドキーーン! ――

 うわぁぁああああ!
 なんかポワーンとなっちゃうぞ?
「ちょ! なんてこと言い出すのよ! ま、まぁ、それでも、一応…… ありがと…… で、でもさ、結局あたしの恥ずかしいところを眺めに来ただけになっちゃったじゃない!?」
「ぶっちゃけた話、何された?」
「えー? 犬にされて2日過ごして、うんちやおしっこを石油缶に出す練習させられて、あとお尻を拡げられて気持ち良くなるようにされちゃった……って、何てコト言わすのよぉ!」
「う、うそだろ…… 本当にそんな…… だって平然として……」
「あとほら、首輪に手枷でしょ?」
 手枷を見せ、首輪も鎖ごと引っ張って見せた。
「足はヒールの高いブーツ履かされて、その上から足枷嵌められてるの。それにほら、この薄いワンピースの下は素っ裸だし」
「うわ、捲るなよ!」
「こんなんで驚いてたら甘いわよ」
「実際どうなんだ? 調教されちゃったのか?」
「何言ってるのよ。見ての通り、全然平気よ。もう少し頑張れば期限も過ぎるわ。おじさま達、平然としてるけどきっと内心は焦ってると思うわ」
「そうか、それを聞いて本当に安心したよ」

 絽以が口調とは裏腹に、顔を紅潮させてモジモジしている。
「おトイレ?」
「俺、珠里のこと襲いそう…… 今のおまえ、すげぇエロいよ…… このあいだのキスからずっと悶々として……」」
「バカ! 何しに来たのよ。本当にやっちゃったら全部パァなんだから! そんなにガッつくならせめておし……」
 そこまで言いかけて、私はゴクリと言葉を呑み込んだ。
 せめてお尻で…… なにをしようというのだ。
 目が焦点を失い、全身にドバッと汗が噴き出した。
「どうした?」
「な、なんでもない。とにかく恥ずかしいからあんまり私のこと見ないでね」
「ごめん」

「お支度整いましたーーぁ!!」
 勢い良くドアを開けて、ユックさんが入って来た。
「さーさーロイさま、こちらへどーぞ!」
「じゃ、がんばれよ」
「うん。来てくれてありがと」
 絽以はユックさんと出て行った。

 部屋にぽつんと残された私。
 5分ほどしたらやっとニルさんが迎えに来た。
「おまたせしました。ゆーちゃんの方手伝っていたので」
「あ、そうなんですか」
「さ、お部屋に戻りましょう」
 首輪の鎖を椅子の背から外し、来たときと同じように私が先にたって調教部屋へ戻った。

 何も変わらない、相変わらず暗い部屋。
 足枷同士を30cmほどの鎖で繋がれ、手は手枷のままで繋がれなかった。
 その状態で例のシャワースペース前の場所に戻され、首輪の鎖を床の金具に繋がれた。
 髪も再びアップにまとめられる。

「次の調教の準備が整うまで、しばらくゆっくりしてて下さい。あ、枷が本物になってますから、あんまり床に擦ったりしないで下さいね。金が削れちゃいますから。一応国宝ですので」
「はい」
 汚れたタオルを回収して新しいタオルを補充し、ニルさんが出て行った。



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