人間万事塞翁がポニーガール

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  【拉致】  

 自分がこんなことしているのも、殆どが祖父の影響だ。
 父が武道に興味が無く、祖父は自分が受け継いだ古武術・御竦流(みすくみりゅう)を私に伝授した。
 小さい時からそれは私にとってさほど苦でもなく、小学校卒業の頃にはその技の全てをマスターしていた。
 御竦流は実質本位の古武術なので、内容は地味だが確実に相手を殺すためのものばかり。
 その当時は体格の差からその技が奏功するとは思えなかったが、あれから数年、もう充分実用になる。
 そんな下地と、根っからの首突っ込みたがりの性格から、同級生の面倒引き受け屋のようになっていた。

 一番多いのが、痴漢退治。
 自分で言うのもおこがましいけれど、うちの学校は所謂お嬢様校で、みんな容姿のレベルが高い。
 うちも父が小さい会社を経営しているので、友達にはとてもかなわないが私も一応社長令嬢だ。
 当然うちの生徒は電車通学で狙われる率も高く、被害を受けた友達が私に相談に来る。
 そして私はその子と同じ電車で何日か通学し、被害を受けた所で現行犯で犯人を捕まえるわけだ。
 そんな他人が襲われるのを傍で捕まえてもシラを切られるだけだろうと言われるけど、一緒に通学しはじめると、何故か襲われるのはいつも私の方だから、確実に手首を掴めるのだ。
 その後、依頼して来た子がなんとなく冷たい態度になるのが私には理解できない。

 そんなある日、外人の痴漢が出ると親友の橘玲(たちばなれい)が私に言った。
 彼女とは幼稚園からの友達で、家は財閥系の旧家、まさにお嬢様だったが、飾らない態度と質素な行いから気の置けない友達としてずっと付き合ってきた。
 その痴漢が出るという電車に一緒に乗ると、本当に躊躇なくスーツを着た外人が近寄って来た。
 華奢な体つきで胸も膨らんでいるようだ。……女の人?
 次第に電車が混んで来て、周囲の乗客が密着してくる。
 あのスーツの外人がすぐ後ろに来た。
 突然、鞄を持つ左手首にカチリと冷たい金属の感触が触れ、驚いて背中側から右手を回すと、右手首にもカチリと触れた。
「ごめんね、基子」
 スーツの外人は後ろの視界を遮るように立っているだけで、私に手錠を嵌めたのは玲だった。

 玲に鞄を取られ、次のターミナル駅で大勢の人の流れに従って押し出されるように電車を降りた。
 外人は私の後ろ手の手錠を隠すように付いて来る。
 改札を出て、慌ただしい朝のターミナル駅前の路地を入ると、暗いガード下にワゴン車が停まっていた。
「玲ちゃん、なんで?」
 親友に裏切られた恐怖というより、私の知らない所で親友に恐ろしいことが起きていたことに恐怖し、その延長線上に自分も乗っている気がした。
 私は室内がカーテンで暗くしてあるワゴン車に押し込まれ、スーツの外人も乗り込んだ。
 玲は私の鞄を車内に入れると、自分は乗らず、外から入口のドアをスライドさせて閉めた。

 車が走り出した。
「はじめまして御竦基子(みすくみもとこ)さん」
 やはり女性だったようで、流暢な日本語で話しはじめた。
「一体なんなんですか。玲をどうしたんですか」
「玲さんはお父様のお仕事の関係で、私たちに協力して頂いているのです。彼女を恨まないで下さい」
「ひどいことしてないんですね?」
「肉体的には、全く。精神的には、どう思っているかわかりませんが」
「ひどい……」
「人の心配をしている場合ではありません。あなたには肉体的なひどいことが待ってますよ」
「えっ」

 私は男性経験もなければ、性的な興味など抱く暇もなく毎日道場で過ごしていた。
 学校帰りにたしなみとして友達と寄り道したりすることはあったが、玲をはじめ奥手の子ばかりだったので、話題のアイス、小物、携帯、普段着選び程度だった。
 私にとって肉体的にひどいこととは、ぼんやりと性的な辱めのこと半分、殴られたり蹴られたりの暴行のこと半分だった。
 暴行は抵抗さえできれば何人か確実に仕留めることが出来る自信はあった。
 いずれにしても今は反撃のチャンスを待つしか無かった。
 かなり長時間走って、どこか山奥のような所へ着いた。
 空気がおいしく感じられたが、肌寒かった。
 車を降り、追い立てられるようにして小屋に入った。
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