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  日常へ  








§§ 日常へ §§

 ついに戻る日がやってきた。
 まず紙に経緯を書き付け、転送装置で送る。
 現在の技術では、絽以の家につく確率が9割、おじさまの別荘だった場所につく確率が1割。
 絽以の家の装置は、メンテナンスでもないかぎり、ずっと電源が入りっぱなしだということはわかっているそうだ。
 また、別荘の装置はユックさんが屋敷を引き払う時に電源を切った可能性が高い。
 世界で研究されている類似した装置は、まだ出口装置として利用できるほど完成されていない。
 以上のことから、絽以の家にほぼ間違いなく着いたはずだ。

 すぐに、震える字で殴り書きされた新聞広告の切れっ端が送り返されて来た。

 『いつでも来い』

 持ち物をすべて持ち、鍵束が首から下がっていることを確認した。
 服装は、絽以が買って来てくれたシャツとズボン。
 貞操帯、手枷、足枷、ブーツはそのまま。

 体を屈めて装置の入り口に入る時、事件の一番最初、記憶の途切れた日のことを思い出した。
 見送る人々が入り口に集まり、斜め上から見下ろす視線。

 装置には蓋が無く、起動してからトコロテンのように押し板で押し出すようになっている。
 押し板が嵌め込まれ、ものすごい唸り音とともに、全身の産毛が立ち上がった。
 あとは暗闇で良く分からないが、以前経験した時と同じように、手足の尖った部分からチリチリと電光が走り、全身のあちこちがこそばゆい。
 白いズボンの内部も薄青くなっていて、どこか放電しているようだ。
 シャツの胸の内側も、青く光る。
 あ! そこは! あふン……!

 そしてまた髪の毛が引っ張られるくらい強い静電気を感じ、唸りが鼓膜を圧迫するほどになったころ、押し板でドーーンと押された。

 記憶が……
 記憶が繋がってゆく……

 ゴロンと転ぶように明るい空間に出た。
 みそ汁臭い空気。
 湿気を含んだ暑さ。

「おーーーっ!」
「珠里ちゃん!」
「すごいぞ〜」

 しばらくは記憶が混濁して、何をしていたのか思い出せない。
 見上げると、絽以のお父さんが覗き込んでいた。
「あ、おじさん」
「珠里ちゃん、平気だったかい?」
「えっと…… 何が?」
「何がは無いだろう。あっちに行っていたんだろ?」
「あっちって?」
 うーー、脳みそがぐるぐるする。

「しばらく放っとこう」

 私はしばらく尻餅をついたままの妙な格好でじーっと固まっていた。

 見上げると、一部に濁った透明ビニールの部分がある、波状のトタン屋根。
 工場の天井だ。
 絽以んちの裏の工場。
 油のたっぷり絡みついた、重そうな機械類。
 ウィィィンと唸りを上げるモーター。
 熱せられた油の、独特の匂い。

 えーと、えとえとえと……

「大丈夫?」
 ランニング姿の太ったおじさん。

「あ、目玉が座ってきた」
 くわえタバコのおじさん。

「おーーい、聞こえてる? 珠里ちゃあぁぁん!」
 若いおにいさん。

 ゴオッ!と意識が急に元に戻る。
 そうだった。
 アナムネから転送されたんだ。

「珠里ちゃん、平気かね?」
「ああ、おじさん!」
 尻餅の状態から立ち上がる。
 フラッとよろける。
「お、お、大丈夫かね」
「ああ、すみません、もう平気です。えと、こんにちは」
「アッハッハ! 相変わらず面白いなぁ!珠里ちゃんは。すごい経験したってのに」
「エヘヘ…… すごい経験が多すぎて、マヒしてきてますよ」
「絽以のやつは?」
「もう来ると思いますけど」

 言うが早いか、背後にある転送装置の出口が青白く光り、1mほど離れているにもかかわらず、服の背中の布地が静電気で引っ張られた。

 ゴロン、と絽以が押し出されて来た。

 私と同じように尻餅をついた格好のまま、良く見ると黒目が定まらず、ピコピコ跳びはねている。
 おもしろーい!
「イル アナム ニ エストロ スム ……」
 うわ、俺ぜんぜんだめだと言っていたアナムネ語で、エラそうなことを語りはじめたぞ?

「絽以! 絽以ってば!」
「んーーーーー?」
 私の顔を見てニヤーーーッと笑う。
「今日は疲れてるから、アレはまた明日なー?」
 周りの人達がいっせいにニヤニヤ笑う。
「このバカー! 誤解されるようなこと言うなー!」
 ゴスッと頭を殴った。

「いってー! あ、あれ? 珠里、何してんの?」
「まったくもう」
「アハハハ、珠里ちゃん、転送直後はねぼけたみたいになるようだよ? さっきの珠里ちゃんも、見てて面白かったよ」
 カーーッと真っ赤になる。

「ああ、良かった。珠里も無事に着いたんだね?」
 やっと正気に戻ったらしい。
「絽以、あたし、記憶が戻ったよ」
「俺もだ。全部思い出した」
「ロイ……」
「ジュリア……」
 近づく顔と顔。
「ゴホン! それは、あと! 珠里ちゃんは着替えてきな! その薄着はオジサン達の目には毒だ」
「わぁあああ! ごめんなさい!」
 真っ赤になって飛び下がり、慌てて胸を手で隠した。
 腕の下に当たる、勃起したままの乳首とピアスの感触。
 ヤッバー
「じゃぁ、うちの様子見て来ます」
 ガツガツ、ぴゅーっと絽以のうちを出た。



§§ 自宅 §§

 往来にはそれなりの人通りがあったけど、2、3人にじろじろ見られた程度で、すぐにうちに着いた。

 ―― ピンポーン ――

 自宅のドアチャイムを鳴らすなんて妙な感じ。
 鍵を持ってないから仕方ない。

『ハーイ!』
 ユックさんの明るい声がなつかしい。
「あの、あたしです」
『姫様ッ!? いま開けますッ!!』

 ドドドドとすごい音がして、ドアチェーンを抜き取るのももどかしく鍵を外す音。

 ―― ガチャ ――

「姫様ぁあああ!!」
「ユックさん、色々ありがとう」
「わああああああん!!」
 玄関前で泣かれても困るので、とにかく中へ入った。

 玄関で足枷を外してブーツを脱ぎ、自室に戻って手枷と首輪も外した。
 余っている衣装ボックスがあったので、手枷、足枷、首輪と鍵一式をそこへ入れ、タンスにしまった。

 ずっと高原の別荘地とアナムナにいたので忘れていたけど、セミの鳴き声がうるさい。
 それとすごい湿気。
 貞操帯の上から普通にショーツ穿いて、ピアスの上からブラを着けた。
 うーん、ブラは改良の余地がある。
 涙滴型の宝飾品部分が邪魔でサイズが合わない。
 アンダーバストが浮いちゃう。
 1サイズ上の物買って、パッドか何かで工夫しないとダメだ。
 普段着のTシャツを着て、普段着のスカートを穿いて、やっと日常に戻って来た。
 机の上の充電台に私の携帯が載っている。
 ガツと掴んで、ハッと気づいた。

 怖い物見たさでDATAフォルダーを開ける。
 >画像フォルダー
 >img00019
 私が檻に固定された時の絶望画像。

 ……ああ……

 見なければ良かった。
 エッチすぎる……
 この絶望に濁った目……
 私は決してナルシストじゃないので、まるで他人の姿を見ているように感じる。
 でも、この惨めな女の子は、まさに数日前の私なんだ……

 穿いたばかりのパンツを汚しそうなので、携帯を畳み、ユックさんが待つ台所へ下りた。

「エッエッ…… ひめざまあぁ……! あたじのごど、おごっでるでじょう……? エッエッ……」
「怒ってないですよ…… もう泣かないで、ユックさん。ニルさんもユックさんも、いいひとだって知ってますから」
「ほんとに?」
「ほんとほんと」
「ぢーーーん! ああ鼻がとまららい」
 帰ったばかりの時はそんな余裕なかったけど、今良く見ると、ユックさんは普通にブラウスとスカートを着て、エプロンを着けている。
 髪はうしろでポニーテールにひっつめている。
 縛ったところから拡がるカールした髪がすごいボリュームで、金色のカリフラワーみたい。

「グスグス…… やっと鼻が止まりましたぁ! ふー、何か飲みます? 食べますゥ?」
「お茶とおせんべい!」
「アッハッハ! 姫様、根ッから日本人〜! ちょっとお待ちくださいねー!」

 2人で色んな話をしながら、バリバリ食べてあっと言う間に1袋空けちゃった。
「ふー、満足したぁー! さーて、宿題やらなきゃ。そのために早く戻って来たんだし」
「御苦労様ですー! あたしはこれから昼のドラマでーす」
「あーどうぞどうぞ」
 戻って来たとたん、生活感バリバリだなぁ。
 ここ2週間ほどの出来事が信じられない。
 でも胸に下がったピアス、がっちり嵌められた貞操帯は現実。

 自室で携帯を手に取る。
「もしもし、絽以? あたし。うん…… うん…… やってるよ…… うん、じゃ、今日はもう特に用事ないね? うん…… じゃぁ、また」
 フフフ、あっちも必死でやってるみたい。

 おっと、エアコン、エアコン。
 暑い、暑い。
 すっかり忘れてた。




§§ 慣れ §§

 夕方になったのでお風呂を沸かした。

 鍵を持って入り、洗い場で貞操帯を外した。
 うおおお! とても語れないほどすごいことに!
 一言で言えば、垢だらけ。
 指でつーっとなぞればゴロゴロ浮き出る垢。
 恥ずかしい垢も……

 きったない貞操帯を脇に置き、ぶらんと下がったクリトリスのピアスを観察する。
 スゴイ……
 本当に突き抜けている。

 3つのピアスに余分な力がかからないようにして、丁寧に体と髪の毛を洗い、貞操帯も洗った。
 ざぶーんとお湯に浸かる。
 2週間ぶりの湯船。

「ほーーーっ」
 おやじくさい溜め息が出ちゃう。

 お湯に浸かったまま手持ち無沙汰なので、掃除用におろしたハブラシを使い、貞操帯の彫金細工を隅々まできれいにした。
 ビカビカ!
 まさに黄金!
 いやー、普段使いにするの、気が引けるね。
 もともと国宝だし。

 ざばっとお湯から出て、洗い場で軽くジャンプしたら、ピアスが引っ張られて死にそうな目にあった。
 体を拭いて、髪をざっと拭いて、ショーツだけ穿いて、足踏みしてみた。
 はう!
 何も穿かない時よりは、ピアスは引っ張られないけど、こんどは股間で微妙にコロコロ動いてスゴイ気持ち良さ。
 これじゃぁまた年中発情になっちゃう。
 うまくショーツだけで普通に暮らせればって考えたんだけど、やっぱりだめみたい。

 貞操帯を拭いて、窪みにピアスをあてがいながら、お尻のパーツを回して左右からベルトをバックル部に差し込み、鍵を3回回すと、ビラビラはみっちり開かれ、ピアスは固定され、腰回りはしっかりホールドされ、実に具合がいい。
 ああもう貞操帯から逃げられない。
 鍵を絽以に渡せば、私はオナニーすら絽以に許可をもらわないとできないんだ。

 はふっ……

 やっぱり私、貞操帯やめらんない……

 ドライヤーでブロウしながら、鏡に映る自分自身を見る。
 自画自賛だけど、やっぱ似合ってるかも。

 髪が乾いたので、ドライヤーを仕舞い、ポニーテールにして留めた。

 スカート以外、全部新しいものを着てお風呂場を出た。





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