ブーツの呪い編 2

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 翌日。

 朝学校へ行くときに、もうカオルがうちのドアの前で待っていた。
「これ」
 紙片を渡す。
「何よこれ」
 カオルはぐっと顔を私の耳に寄せて、
「ブーツ買うぞ」
 って言った。
 ボアッと赤くなる私をそのままにして、先に学校に行っちゃった。
 んもォ!
 別にA組とF組だって、一緒に登校してもいいじゃない!

 渡された紙は地図だった。
 電車で少し行った卸問屋街の店に丸が付けてあり、「ココに集合」と付記してあった。
 その下に、『ちょっと変装して来いよ』。
 プッ!
 はいはい。


 放課後、一旦家に戻って着替え。
 カオルはもうとっくに出て行って居ないようだった。
 ブーツ選ぶんだから、まぁ、下はスカートよね。
 それと、ソックスよりはストッキング……ていうか、タイツかな。
 あーでもこれ、わりと私だってすぐバレちゃいそうな格好だなぁ。
 髪をアップにして、んー、ニット帽ってどぉだ? 一応サングラスして、コートじゃなくてちょっと古いダウンジャケット。
 これならいいかもね。
 いや寄せ集めだから、マジダサ目とは思うけど。

 電車に乗って目的の店に行くとカオルは居なかった。
 もォ! あんだけ早く出た様子なのに、何やってんのよ!
 携帯で電話。
 すぐ近くに立っていた、頭をガッチリジェルで固めた男の人の携帯が鳴った。
「え?」
 なーッ! カオルっ?
「げ! ナナ?」
 お互いぜんぜんわかんなかった。
「プーーーッ!! 何よそれ!」
「バカ、安上がりな変装って言ったら髪型いじるのが一番だろう」
「プハハ、そうねぇ、男の人ってあんまり急に髪型変えないからねぇ」
「女だって髪型変えてサングラスされるともうお手上げだな。ま、オレはナナの体形でわかったけどな」
「うそつきー、わかんなかったくせに」
「さ、さぁ、ブーツ買うぞ」
「え? 買ってくれんの?」
「ま、まぁな。た、高いのダメだぞ」
「うん、わかってる」
 えー?
 カオルとこんなデートみたいなことができるなんて、なんか嬉しい!

「今日は買うだけだからな。そして、で、でででデートは今度の日曜日」
「えっ?! デートォ!? 別な日に? まじ?」
「喜ぶなよ、デートったってお前と俺が一緒のところ見られたらヤバイだろ? だからお前にゃつまんない電気街とかに行くんだから」
「別にバレたっていいじゃん」
「オレはやだね」
 しゅーんとなる私。
 でも今回の息抜きって、デートまで含めたセットなんだ。
 やっぱ何か嬉しい。

「何ボーッっとしてんだよ、ナナ」
「あ!あぁ、ごめん」
「これなんかどうだ?」
 最初にカオルが選んだのは、それこそ女王様が履くような太ももの中くらいまであるブーツ。
 ヒールはやや細めで、かなり高い。
「すんませーん、これ何センチですか?」
「あー、センチ表記じゃないんだよ、センチに直してだいたい23くらいかな」
「あ、サイズじゃなくて、ヒールの高さ」
「それはぁ、……10センチかな」
「ところで、いくらですか?」
「んー4万。それ合成じゃないもの」
「げ! くあー! 雰囲気も高さもピッタリなのに、予算オーバーだぁ!」
「あの、私少し出そうか?」
「バーカ、それじゃ意味無いだろ」
「ああ…… 余計なこと言ってゴメン。余計ついでに言うとさ、そのサイハイってやつ?そこまで過激だと合わせる服もスカートも無いんだけど……」
「あ、ああ、そうか。合わせ易いってのも大事なんだな」
「にいちゃん、カノジョ背ェ高いからあんましヒール高いの買うと大変だよ」
「はぁ、わかってはいますけど……」

「カオル、これなんてどう?」
「ダメ、踵太すぎ。それに見かけより低いぞ、それ」

「これは?」
「ベージュ系はちょっと…… 黒限定」

「こっちのは?」
「お、いいね。試着してみなよ、ナナ」
「にいちゃん、悪いこた言わないからソレはやめときな」
「なんでッスか? 試すくらいダメなんスか?」
「私、履いてみる」

 店のおじさんから離れた所の棚なので、勝手に取って、詰め物抜いた。
 ジッパーを下まで下げて中を覗くと、クラリと昨晩の呪いが蘇ってきた。

 つま先立ちでなすすべもなく、ただ吊り下げられてキリキリと回る私。
 あの状態を…… 日常に持ち込む…… 装置……

 呪いを象徴するような暗黒が靴底に広がる。
 ありえないほどの急傾斜。

 底へ足を差し入れると、吸い込まれるようにスルリと収まった。
 微妙に体重を掛けると、荷重が自然とつま先に集まる悪魔の仕掛け。
 それを…… 革で…… 閉じ込め、固定する……

 ジジジとジッパーを上げると…… アレ?
 わ、私の足、太い……?
 そ、そんなことないわよね、ここここうやって、革をたくして、残りを閉じ…… フンッ! この!
 ストレッチじゃないのォ?

「あーだめだめ!カノジョぉ!それすっごいふくらはぎ細い人用! 普通、入んなくて当たり前!」
「あああああ」
「にいちゃん、ダメだって言ったろ? 女の子はみんなブーツのジッパーが閉まんないとすごい精神的ショック受けンだから」
「すみません、私が勝手に履いちゃったから……」
 うわぁ、もうちょっとで取り返しのつかない精神的な深傷を負うところだったわ。
 ブーツ侮り難し。

「カノジョの足はガリガリに細いんじゃなくて、バランス良く締まってるタイプだから、その左の棚のなんてどう?」
 物との運命的な出逢いって、否定しない方なんだけど、ここまで直撃だと逆にウソッぽくて、自分でそれを信じるまでに時間が掛かる。
 そのブーツは、本当に光って見えた。
 つま先の形は嫌みに尖らず、かといって自己主張を抑え込んでしまうほど鈍角でもない。
 踵の丸みから、極細のヒールに落ちる曲線が、本当に艶かしい。
 そして、ありえないほど細いヒール。
 普通ここまで細いと全部金属製なんで、銀色にギラギラしてるんだけど、黒い革で巻いてあって凄く上品な細さだ。
 カオルに言われなくても私の意志で履きたいと思うブーツ。

 おじさんに合うサイズを出してもらう。
 ジッパーを下ろし、中を覗き込むと、さっきと試した時と同じ感覚。
 暗闇の急傾斜。
 後戻り出来ない体位にされてしまう恐怖。
 そこへタイツの足をするりと差し入れる。
 凄いつま先立ち。
 さっきよりも更に高いよ。
 バレエシューズ程ではないけど、普通に靴を履くというより、本当につま先立ちで歩くとき接地する部分のみで立つ感じ。

 収まりを確かめてからジッパーを上げると、それはまるで私のふくらはぎの内側の曲線を記憶していたかのように、しっくりと、そして密に閉まった。
「はふっ……」
 唇から溜め息が漏れちゃった。
「どう?カノジョ。こっちの足も履いてみな」
「はい」
 未経験の高さに体重を移動させる瞬間が来た。
 昨晩のアレの感じを思い出す。
 そうだ、踵に頼らないでつま先立ちにしなきゃ。

 ああ!

 ゾクゾクと全身が痺れる。
 カオルに肩を貸してもらってもう片方のブーツも履く。
 うわ、高い。
 カオルより遥かに上になっちゃった。

 両足に体重を均等に掛け、後から履いた方もジジジとジッパーを上げると、私はもう本当に晒し台の上の奴隷だった。

「ふわぁ……ッ」
「どうだい、ナナ」
「ふひっ…… これで、いい……。 あふッ…… これが、いい……」

 私に掛けられた呪いは完全に発動していた。


「今度の日曜が楽しみだな、ナナ」
「はひっ……」
「言っとくけど、デートじゃないからな。『晒し刑』の執行日だから」
「あああああああ!」

 ただ履かされているだけでこんなえっちな気分になるものを、この状態で街中を歩くなんて考えらんない!

「いくらですか?」
「それも本革なんだけどね、実はアウトレットなんで、5000円」
「買った!」
 どうやらカオルの予算にも合致したようだ。


 家に帰ってからも、そのブーツは私の手元にあった。
 そりゃそうだ。
 今度は家からこれを履いて行くんだもの。

 夜寝る時、あの美しい踵周りの曲線が思い出されてしまい、ドキドキが収まんない。
 コッソリと履いて見たくなった。
 カオルとこんなことするキッカケになった最初の時みたく、鍵がついてるわけでもないので、ジッパー閉めたら脱げなるとかはないだろう。
 試着しただけでまだ靴底も新品だから、部屋の中で履いてみた。
 うわっヘンタイっぽー!

 ―― ドクン ――

 ちょ、ちょっと待って。
 この光景、見覚えあるわよ……

 そうだ!
 最初の、あのボンデージ!
 あれにも最初からハイヒールブーツがセットになってたじゃない!
 あれ履いて、ここに立って、そして姿見で見た……
 あの時は身体のパーツにドキドキしちゃって、ブーツの方はあまり意識しなかった。

 それに……
 そうだ!
 あれは非日常のプレイ用の衣装としてのボンデージ。
 基本的にあれで街中を歩くことは無い。

 ゴクリ。

 でも……
 今度のブーツは……
 家で履くことの方が……
 おかしい……

 街中こそが……
 基本……

 やばい……
 本当にやばいよ……
 本当にあの『息抜き』のヘンタイさを、そのまま、至極自然に、日常の、街中に、持ち出されちゃう……

 いいいい今思い出したけど、あの最初の時のブーツ、踵が折れちゃうようなブーツは、これよりもっと低かった。

 いやあああ!
 プレイ用の過激なブーツよりさらに高いヒールのブーツで、つま先立ちのまま街中に連れ出されちゃう!!

 別な興奮に襲われ、本当に処刑の執行を待つ囚人のような気分になった。

 でも、興奮で少しオカシクなってる私は、ブーツを履いたままベッドに入っちゃった。


 ぐるぐる悶々といろいろなことを考えていたが、いつしか疲労感に押されて眠ってしまった。



 朝、目覚ましの音で起きて、ブーツ履いたまま寝ていることに気づき、恥ずかしくて死んでしまいそうだった。
 冷めた目で見ると死ぬほどハズいよォ!
 こんなことしたなんて、絶対カオルには言えない。
 図に乗るに決まってるから。


 クラスが違うってこともあり、学校では何事も無かった。
 しかも、今日明日は生徒会の用事で忙しいから、とても息抜きのことなんて考える余裕無い。
 それどころか、また生徒会の仕事でクラブ回りして、予算のことや活動報告書出せとか煩く言って回る役なので、息抜きどころかむしろストレス溜まりそうだ。

 そして、なんだかんだ言いながら日曜日のデート、期待してる私……
 たとえそれが本当に私の処刑の当日だとしても。

 学校では試験までまだまだ間があることもあり、ちょっとボーッと授業を受けていた。
 窓の方を見ながら考える。

 ……服、無いなァ。


「ナナぁ! ねっ、お願い、今日の帰り服選ぶの手伝ってぇ!」
「えー? もう遅いよ? クラブ回り長引いちゃったから……」
「そぉよ!だいたいあいつら、予算報告書なんて2ヶ月も前に用紙配ってるんだから、キッチリ用意しとくべきでしょ? その場で書かせる羽目になって、あたしたちまで遅く…… あーーん! あさって会長とデートなのにィ!」
「エッ? やったねユカリ! ついに会長に告ッたんだ!」
「え? えへへ、違うの。実は生徒会の備品の買い出し。会計だから絶対行かないとダメなのよ。生徒会の下級生とかも一緒なんだけどね」
「あれ? 私、聞いてないわよ」
「だってナナ、生徒会室で『日曜日用事あるんだ』ってしつこく言ってたから、はなッから誘わなかったのよ。もぉ、察してよぉ」
「あ! ああ! なるほど、後輩気にしなきゃ会長とべたべたできるんだ。やったね、ビッグチャンスじゃないユカリ、がんばってね!」
「でさでさ、服が無いのよ〜」
「そういうことなら喜んで付き合うわ」
「やったぁ! ナナありがとう!」
 私も渡りに舟だ。

 駅前のラポックに行く。
 うー、縄の思い出が頭をぐるぐると回る。
 今度はつま先立ちなんて……
 カオルとのデートの予定場所はここじゃないけど、思わず踵からつま先へ体重を移動させてシミュレーションしてしまいそう。

 これでもし、あの縄の時にハイヒールブーツを履かされていたらどうなっただろう。
 そして、首輪の時も……

 ―― ドクン! ――

 ビヤッ!と背筋に冷水を浴びせられた気分になった。
 そして、知ってはならない底知れぬ深淵から、何かがゾクゾクと背中を這い上がるような悪寒が走り、真横にユカリが居るというのに、目を剥き、口を半開きにして、ヘンな気分になってきた。

 縄掛けされて、首輪嵌められて、ハイヒールブーツでつま先立ちなんて……

「はふッ…… もし…… 一気にやられたら…… とんでもないコトに……」

 快感のゾクゾクが止まんない。

「ちょっとナナ、大丈夫? 疲れた? ご免ね無理言って」
「わあッ! へ、平気! ちょっとボンヤリしてただけ」
「ねえねえ、これどう?」
「えー? フリル多くない? ゴスロリ系狙ってんの?」
「会長ダメかな」
「いや、これはユカリしか着れないから、むしろ印象付けるにはいいかもね」
「くううぅーーッ! やっぱナナに頼んで良かったぁ! 漠然と『いいね』とか『派ッ手ェ』とかじゃないもん!」
「そーんな、大したアドバイスしてないって」

 ユカリのを見立てながら、チラッ、チラッと自分のをチェックしていく。
 そう、あのブーツでは、変に恥ずかしがって大人しめの服を合わせると変になる。
 うわ、ミニスカ安ッすー!
 どうせ厚手のタイツ穿くからパンツ見えたりしないし、いっか。

「ナナぁ、あたしちょっと、化粧室……」
「あ、ごゆっくり〜」
 チャーーンス!
 何本かまとめてガッと抱え、試着室に駆け込んで次々と合わせる。

 これイケル!
 これダメ!
 これはまぁまぁ。
 これ小さい!
 うーガバガバ。
 プリーツ多すぎ! ……でも、なんか気に入った。
 ぎゃー! タイト! でも、大人っぽいミニもいっか。

 制服戻して、えーとこれとこれとこれ持って!
 ダッシュで会計へ。
 なんとか間に合ったー!
 ユカリありがとぉー!
 セールやってなかったら、ミニスカ3本この値段じゃとても買えないよぉ。

「おまたせー! あれ、何買ったの?」
「部屋着がもうボロボロでぇ、あは」
「ふーん。 あ、で、さっきのとぉ、こっちでは?」
「さっきの。理由は同じー。ユカリはロリ系いけるって」
「わかった。じゃ、これにする」
「うんうん、決まって良かったね」
「ナナのおかげだよ」
「私も、これが安く買えたから助かっちゃった」

 家に帰って試着……
 って、怖い!
 私がどうにかなっちゃいそうで。
 これはカオルに相談するべきなのかしら。
 怖くて試着できないよォ!

 気が落ち着くまで他のパーツをかき集める。
 襟ぐりの広い紫のシャツ、薄手のセーター、そしてこれは滅多に着たことの無い、フェイクファーのショートコート。
 合わせるもんが何も無くてずっとお蔵入りだったんだけど、これなら合う。
 出掛け際や帰り際に知り合いに会っても、服から私だとバレることはまずない。
 あと、こないだのニット帽にサングラス。

 うー、やっぱり着てみないとね。
 スカートはあのプリーツの多いやつにした。
 少し動くだけでフワリフワリとプリーツが開くのがかわいくって。
 ぱんつが見えないってわかってるときは、このくらい大胆でもいいよね。
 部屋着を脱いで、タイツ、シャツ、スカートを着る。
 また室内でブーツだ。

 ゴクリと唾をのんで、今度は手際良く左右とも履く。
 おっと、つま先立ち、つま先立ち。
 でも実際に歩くとなると、完全につま先立ちというわけにはいかない。
 踵に上手に体重を載せる技も会得しないとね。

 コツ……

 コツ……

 コツ……

 フローリングの床に傷をつけないようにして、重心を確かめるように数歩歩く。

 移動する処刑台に載せられたまま、処刑台とともに歩く、晒し者奴隷……

 逃げられない…… 

「ふあっ……!」

 だめだよ声が出ちゃうよこんなんで外出なんて無理無理無理無理!

 カオルに知らせようとベッド脇の壁を叩くために何度も拳骨を握るけど、本当に処刑されてどうにかなっちゃう不安より、カオルにこのスカート見せてびっくりさせたいという欲望の方が勝り、拳骨を解いて全部脱いじゃった。


 その夜は案外爆眠。

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