ティアちゃんの馬

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「姫様! 斯様な辺境へはるばるようこそおいで下された。私が王より当地の統治を仰せつかっておりますカリエス・ロッドシールです」
「ろあッ! るあッ!」
 返事しようにもこれじゃ……
「これはこれはロッドシール公。貴公の申す通り姫をお連れしたぞ。早々にティアルスを返せ」
 いつの間にか隣の馬車から長老が降り、ロッドシール公に詰め寄った。
「おお! 長老様、ティアルス殿はもうとっくに体験を終えられております。姫様もお着きになったばかりですので、こんな場では何ですから、中でお引き合わせ致しましょう」
「おお、そうか」
 思ったよりあっさりティアちゃんを返すような口振りのロッドシール公に、長老も少しだけ頬の肉を緩める。
「時に姫様、私姫様の大ファンでして、あのコメドゥ様の一件以来、是非直接お会いしたいと思っておりました。今回の事も、長老様はご立腹でしょうが、姫様への想いがあればこそ。以前ならばお目通りすらかなわぬ身ではありますが、国民の奴隷と宣言された姫様なれば、よもやこんな辺境の領主、『国民ではない』などと無下になさることもありますまいな?」
「こらこら、奴隷と申しても姫の広いお心あってのこと。あまり無体なことを申すでないぞ」
「あっはっは! これは姫様を前にするという興奮に負けて、ちと戯れ言が過ぎましたかな。あ、いや、しかし、しがない辺境の領主のささやかな願い、今より湯殿までの僅かの間、この手綱をお受け戴けますでしょうか?」
 湯殿に連れて行ってもらえると聞いて、手綱で引っ張られる惨めさなんか消し飛んでしまった。

 うやうやしく鍵が運ばれ、私が詰め込まれている木箱の止め金が解錠されてゆく。
 首枷状の天板が外されると、中からムワッと汗臭い匂いが上がって来た。
 もっとすえて腐った匂いになるかと思ったけど、流動食の成分の関係か、そこまで酷い匂いではなかった。
「姫様、前の縁にもたれていただけますか」
 世話係の兵士に言われて立ち上がろうとしたけど、腰に力が入んない。
「アウ。ムイィ」
 両側から兵士2人に支えられ、やっと箱の中で膝立ちとなり、前の縁にもたれてお尻を突き出した。
 濡れた布でお尻の穴付近が清められる。
 男の兵士の手でってのがちょっと嫌だけど、贅沢言ってられない。
「おきれいです、ご安心を」
 この兵士が気が利く奴なのか、そう言えと言われているのか知らないけど、とりあえず一安心。
 そのまま箱の中で立ち上がらされ、足枷同士が繋がったまま、兵士2人の手で箱の外へ抱え出された。
 荷台の側面に踏み台が置かれる。
 でも足が震えてうまく降りられない。
 チャリッと鎖で引っ張られる足をうまく捌ききれなくて、グラリと体勢を崩した。
 兵士が手を出そうとした時、ロッドシール公が割り込んで私の体を支えた。
「ありッ!カフッ!」
 お礼も言えない煩わしさに一瞬キレて、長老を振り返って睨み、繋がれた両手で口枷を指差した。
「あー、中に入るまでと思ったが、まあよいか」
 長老が兵士に指示して、私はやっとこの戒めから解放された。
「ぷあっ、すみません、ロッドシール公。私に触れると垢が着きますよ」
「ははは、姫様の垢ならいくらでも、と申したいところですが、姫様のほうが気にされるでしょうから、早々に湯殿で文字通り旅の垢をお流し下さい」
「ありがとうございます」
「では、お約束通りささやかな我が儘をお聞き入れ下さい」
 ロッドシール公は私が嵌めている黄金の首輪の更に顎寄りの空間に、幅2cmほどの銀色の首輪を嵌めると、それに付いているリングにリードを繋いでその端を握った。
「(ムーーーーーッ!!)」
 周囲に並ぶ女性戦車隊の一角から、くぐもった悲鳴が聞こえたように思えたが、全員同じ様な姿なので誰が発したのかも不明だった。
 きっと何か責め具でも発動されたのだろう。
 ―― チキチキチキチキ ――
 かすかに妙な音も聞こえて来る。

 ロッドシール公が私のリードを引いて、ゆっくりと城内に向かう。
 私は首輪と手足を繋がれた鎖をチャラチャラ言わせながら、リードに従い、ガクガクとおぼつかない足取りで歩く。
 一旦城の正面のホールに通されてから、そこで長老や従者達と別れ、脇の狭い階段を上り、狭い通路をロッドシール公に引かれながら通る。
「汚い通路で申し訳ありませんな、姫。湯殿は寝所より通じております故、そちらから回ればすぐなのですが、正面から回りますとひどく遠回りで」
「恐れ入ります。まあ、多少のことは慣れてますから、アハハ」
「ハッハッハ。姫が公爵に恐れ入ってはなりませぬぞ。異界に永くおられたと伺いましたが、そのあたりはまだ不馴れでおられるか」
「すみません。気を付けてるんですけど、まだちょっと……」
「アッハッハ。あとで異界のお話なぞも是非お聞かせ下さい」
「はぁ」

 やっと湯殿に着いた。
 首輪と手枷足枷を繋ぐ鎖からもやっと解放されたが、枷そのものやブーツは外せないままだ。
「では広間にてお待ち申し上げております」
 ロッドシール公は首輪からリードだけ外すと湯殿を出ていった。

 湯殿に敷かれた布の上に寝かされ、垢擦り式で身体をきれいに磨かれる。
 私は身も心も日本人になっちまってるので、どっぷり湯に浸かれないのは不満だけど、公務の時は贅沢言ってらんないのは周知の通り。
 薄い布や、布のコヨリを使って、枷や首輪の下も一通り綺麗にしてもらった。

 身体がきれいになると、低い台の上に寝かされ、頭だけが台からはみ出した外に出された。
 ティアラが外され、髪の毛を洗ってもらった。
 髪は濡れたままで湯殿を出て、着付けの間とでも言うようなところで、再び結い上げられ、ティアラを戻された。
 この後どうなるのかは全くわからないけど、とりあえず旅の汚れは落とせた気がする。

 ―― チキチキチキチキ ――
 周囲が静かになったら、さっき聞こえて来た微かな金属音がまた聞こえてきた。
 近くに何か仕込まれた子でもいるのかと思ったけど、侍女たちは皆普通にしている。


 身なりを整え広間に向かう。

 身なりと言っても、私は毎度の奴隷王女の格好、ただそれだけだ。
 ハードな儀式ではないのでメタルブラすらしていないから、国宝の貞操帯と首輪、手枷足枷に履きなれたブーツそしてティアラ。
 今は鎖も全部外してもらっているのでかなり楽だ。
 胸は剥き出しで、乳首のピアスもまる見えだけど、これはもう慣れた。
 ブラブラ揺れると気持ち良くて煩わしい。
 でもやっぱり年の近い侍女の子が食い入るように見つめたりすると恥ずかしいな。
 あ、そうそう、今はロッドシール公の首輪もしているんだった。


「皇女様御成りー」
 簡単なアナウンスがあって、扉が開き、広間に入る。
 既に長老たちは着席していた。
 身分は奴隷でも、今回は形式的に王女としての意味が強いので、床に鎖で繋がれたりとかヘンな煽りは無く、私は案内されるままに一番奥の席に着いた。

「さて、此度は遠路はるばる此の地へようこそ、ジュリア姫。会議が円滑に進み、また姫がここでの生活を楽しまれますよう」
「ありがとうございます、ロッドシール公。私は政治のことは詳しくないので長老たち任せですが、宜しくお願いします。では長老、早速」
「うむ、話は前回からの続きじゃ。やはり貴公は自治独立をあくまで主張されるおつもりか」
「ハハハ、前にも申し上げた通りあまり大ごとにお考えくださるな。私はどうにも民主的なものに懐疑的で、今のまま単に領民の意見だけを聞く政治にしてしまうとかえって領民が不幸になると申しておるのです」
「それはわかる。しかしすでに王都にてはもう何年も民主的政策を行い、十分機能しておるぞ」
「それは王都と辺境では規模が違うからと前々から申しております」
「しかし何事にも初めというものはある。多少の事は少しずつ修正すれば良い」
「もしもの時王都は助けて下さいますか? 何かあれば5日もかかりますのに?」
「それは……」
「それに私設軍を解散せよと仰る。今のうちの戦車隊は皇軍千騎にも敵いまするぞ。いざ戦となれば、どの領の者よりも戦功を上げるは必至」
「それじゃ。聞けば戦女(いくさめ)を募るにあたっては、好ましくない『かどわかし』なども行われていると聞くが?」
「それは心外ですな。もちろん、身寄りのない娘たちが希望すればその中から適格者を選ぶための試練はありますが、それはあくまで本人の希望あってのこと。おお、そうだ、何よりお孫さまのティアルス様がそれを証明してくれましょうぞ」
「なにっ! ティアルスじゃと!」
「前回体験されたいとのお申し出があり、気に入られたようですのでそのまま2日ほど続けていただきました。2,3日遅れて王都へお送りするはずでしたが、急遽王女様を伴っての再度のご訪問と聞き、これではお送りする間に入れ違いとなります故、そのままこちらでお待ち頂きました」
「ティアルスを! すぐにティアルスをここへ!」
「議事終了後ごゆっくりと思いましたが、ではすぐにでも」
 ロッドシール公は近くの侍従に耳打ちすると、侍従は扉の向こうへ消えた。

 すでに近くに控えていたのか、すぐに扉が開き、侍従に付き添われて、まぎれもないティアちゃんが部屋に入ってきた。
 私はゴクリと唾を飲んだ。
 首から上は髪を解いたティアちゃんだったが、華奢な体はギチギチの革スーツに包まれていたからだ。
 ヒールの高いブーツと一体になった革の全身スーツ。
 手足の何箇所かには留めるためか締め上げるためかわからないベルトとバックルの組み合わせが見える。
 まさに最初城の入口で見た、女戦車隊の騎手役の姿そのままだ。
 ギシギシと革を軋ませながら、ややおぼつかない足取りで奥へ進み、私と長老の方へ歩いて来る。
 ティアちゃんは私の首元をチラッと見て一瞬顔を歪め、ぐっと堪えた表情をしてから明るく笑った。
 「姫様! おじい様!」
 カクカクと不安定に駆け出して私に一礼すると、長老に抱きついた。
「おお! ティアルス! 無事であったか!」
「おじい様、『無事』だなどと仰られてはロッドシール公に申し訳がありません。大変なおもてなしを受けておりましたのに」
「しかし……」
「ご心配をおかけして済みませんでした。でも、ロッドシール公のご説明の通りです。私はここの女性戦車隊のすごさに触れて、是非王都でもこのような戦車隊を組織できればと、ロッドシール公にお願いして体験させて頂いたのです」
「まことか」
「はい。外部の者に体験させるということは、その秘密をまるごと知られるのも同然。それでも王都のためならと公爵様はすべて私に見せて下さいました。しかも経験も体力も見習い級の私を、名誉指揮官として隊に加えて下さったのです」
「だがここに残るわけにはいくまい」
「おじい様さえ許して下されば、数か月ここに留まって、王都でも組織できるよう全部の秘密と、私専用の一小隊を組織してから戻りたいと思いますが……」
「なんと! じゃがしかし、急には決められぬのでな、帰りまでに返事をすれば良いか」
「はい」
「ロッドシール公、これはティアルスが随分と世話になったようじゃの。それに良いのか、そのような自軍の秘密を」
「これこそまさに王都への忠誠の証し。これで多少なりとも自治独立の話が進むなら安いものでございます」
「ウウム…… これは少しばかり譲らねばならんかのぅ」
 私はどうにも腑に落ちなかった。
 ティアルスちゃんの行動や言動は何かヘンだ。

「ではおじい様、あとで良いご返事をお聞かせ下さいね」
 ティアちゃんは侍従に連れられて広間を出て行った。
「かたじけないロッドシール公、随分と貴公を疑ってしまったのぉ。ティアルスの元気な姿を見て、今となっては感謝しておるよ」
「こちらの心が伝わりまして頂上でございます。さて、本題へ戻しましょう」
「ふわーーぁ…… あ、すみません!」
「おや、姫はお疲れの様子」
「うー、ごめんなさい、大事な会議であくびなんて…… でも移動中ほとんど寝てないんです」
「さすれば、少し休憩などはさみますかな」
「良い考えじゃな。わしは表の花壇がじっくり見たい」
「あ、あたしもいいですか?」
「ふむ、では少しおやすみを頂くかの」

 丁重に侍従の付き添いを断り、長老と2人だけで城の庭に出た。
「ま、どうせ遠巻きには監視されてるでしょうけどね。土の中にまでは潜んでないでしょ、忍者じゃあるまいし」
「忍者とは何じゃ? フ、ときに姫、何かお気づきかの?」
「あ、そこの花壇から出てるラッパみたいの、集音管じゃ?」
「うおお、剣呑剣呑、油断も隙もないの」
「この距離なら平気でしょ」
「うむ」
「やっぱ長老も気づきました?」
「それは孫じゃから当然じゃ」
「何かで脅されてるようですね。しかも本人への脅しじゃないです。かと言ってここには人質になりそうなティアちゃんの知ってる人って、あたしたちだけだし……」
「椅子に火薬でも仕込んであったかの?」
「そんなとこでしょうか。それにティアちゃんの『ロッドシール公の説明の通り』って、その時ティアちゃん居なかったし」
「気づいておったよ。ククク、姫も今回は切れるのぉ」
「今回は、ってヒドス。それはいいとして、何か筋書き通り言わされてるって感じですね」
「まぁ、それに乗りながら進めるかの」
 くうう、やっぱ長老はタヌキだなぁ。
「あたし、体験受けるって言って、ティアちゃん救い出します」
「それは危険すぎるじゃろ」
「あたし、もうキレそうなんです、あたしたちが来るまでティアちゃんがどんな目にあったかって思うと…… それにあのギチギチ革スーツ、完全オーダーのようだから、もう脱がす気ないんじゃないですか?」
「言われてみれば……」
「私が戻らなかったら、私のこと気にせずに戦でもなんでもして下さい。ティアちゃんだけは絶対救い出しますから」
「万が一ティアルスも戻らなくとも、戦はする。そんなことは最初からティアルスも覚悟の上じゃ」
 長老はティアちゃんのおじいさんだけど、やっぱり国家優先なんだ。
 ドライだとは思うけど、今回はそれでいい。


 休憩も終わり会議再開だ。
 夕食まで延々3時間位話をしたが、結局あまり進まなかった。
 会議が進まないのは当たり前、ロッドシール公の目的は私の口から『独立を認めましょう』と言わせることなのだから。

 食事はやっとマトモな食事。
 あまり沢山食べられないと事前に言っておいたので、よくわからないキノコのような特産の高級食材料理少しと、パンとスープが出た。

 夕食が終わり、一旦宛がわれた個室に引き上げた。
 超豪華な広い部屋で、外にはロッドシールの侍従と王軍の兵士2人が控えている。
 中は私一人だ。

 それこそホテルのスイートルームにでも泊まってる気分になって、ベッドにボスッと腰掛けた。
 いやー、ロッドシール公って、けっこうイイヤツかもー。
 奴隷の身分だってことは自覚してますけど、最初鎖で湯殿まで引っ張られた位で、あとはちゃーんとお姫様扱いだもんね。

 今度は鏡台に座り、髪が乱れてないか見る。
 その時ロッドシール公に嵌められた首輪が目に入った。
 ――チキチキチキチキ――
 あれ? 時々聞こえてた音って、この首輪から?
 鏡で良く見ると、リードを着ける金具以外は比較的のっぺりしたデザインの首輪にガラスの小窓があって、そこに目盛りが付いている。
 目盛りは今「3」を指している。

「ご面会です」
 長老かな?
「はーい、どうぞ」
 部屋の戸が開き、ティアちゃんが入ってきた。
 侍従は再び外に出て戸を閉める。

「ティアちゃん!!」
「姫様……」
 ギシギシと革の全身スーツを軋ませながら、大きな熊の縫いぐるみを抱えている。
 良く見ると、その縫いぐるみも私と同じ首輪をしていた。
「アハハ、首輪お揃いだー」
 ティアちゃんはブワッと泣き出した。
 顔面蒼白だ。
 私は背中に冷や水を浴びせられたように得体の知れない恐ろしさに緊張した。
 あのおじ様の事件をも凌ぐ凶悪な何かを感じる。

「姫様、明日の会議で『ロッドシール領の自治独立を認める』と言って下さいますか」
「藪から棒に何よ。いくらティアちゃんの頼みでもそれは無理よ。第一、あたしの一存では言えないし」
「そうですか……」
「ティアちゃん、会議の時から変よ?! ねぇ、ロッドシール公に脅されてるんでしょ?! ロッドシールに何されたの?!」
「では姫様、私の馬になって下さいますか?」
「エッ?!」

 ―― ドグン ――

 虚を突かれ、私は狼狽えた。
 ティアちゃんの鬼気迫る目で見据えられ、私の心の奥底の、最近ご無沙汰になってる、暗黒に縁取られたスイッチを押された気がした。

 それは甘美な絶望を伴う、魔の開閉器。

「私の戦車を、曳いて下さいますか……?」
「う……」

 ―― チーン ――
 どこからか軽やかな鈴の音がした。

「見て下さい…… 姫様」
 抱えてきた大きな熊の縫いぐるみを両手でガシッと掴み、私の正面に向かってずいと近付ける。
「首輪の…… 目盛り……」

 ―― チキチキチキチキ ――

 言われて首輪に顔を近付けると、やはり私の首輪と同じ音がする。
 小窓の目盛りはほぼ「0」だった。

 ―― チン! チン! チン! チン! ――

 ―― ジーーー カチッ! ――

 鈴の音が鋭く数回続いたかと思うと、大きくバネの解れるような音がして、スロー再生を見るように、縫いぐるみの熊の首が、ドサリと床に落ちた。
 溢れた綿が床に散る。
 落ちた頭からは太い綿の塊がはみ出している。
 それが本当の腸(はらわた)のように気持ち悪く見えた。 
 忘れた頃に、熊のしていた首輪がガチャンと床に落ちた。

「エグッ、ヒック、ヒック……」
 縫いぐるみの胴をかざしたまましゃくりあげるティアちゃん。
「なにこれ……」
「危ない!」
 床の首輪に触れようとした私をティアちゃんが制した。
「目に見えないほど細い強靭な加工をした蜘蛛の糸が仕掛けてあるんです。指が切れますよ、グスッ」
「これって、その首輪で切れたの?」
「そうです」
「あ、あたしもしてるけど……」
「はい…… 私も…… 嵌められてます……」
 ティアちゃんが熊の胴体を床に置き、革で覆われた首の部分を指差した。
 そこは革が首輪の形にうっすらと盛り上がり、革に丸く穴あけされた部分から首輪の小窓が覗けた。
 奥になってて暗いが、「21」と読めた。

「これは……」
「この数字は残り時間です。アナムネと姫様お住まいの世界の時間単位はほぼ同じようですから、姫様にもおおよその時間がわかるでしょう」
「じゃ、これが『0』になると……?」
「この熊のようになります」
「アハハ、まっさかあ!」
「たった今、ご覧になったでしょう? この領地の山奥の洞窟に棲むクモの糸は大変細くて強靭なのです。それをさらに薬に漬けて硬くすると、針金の何分の一もの細さで針金の何倍もの強度の糸ができるのです」
「それがこの首輪に……?」
「そうです。ぐるっと首輪の内面のに2本のレールが刻んであり、そのレールを移動する2つの金具にその糸の刃の端がそれぞれ取り付けられています。時間が来てバネが伸びると、それぞれの金具がレールを反対方向に一周するので、首輪の中にあったものはその極細の糸で丸く囲われ、穴が絞られ、やがて切断されてしまいます」
「ちょっと! マジ?! あたしの首輪あと3時間なんだけど!」
「それは、ネジを巻くことで時間を延ばすことができるのです」
「ネジは…… まさか!」
「はい、ロッドシール公しか持っていません」
 私は恐怖に全身震えた。
「何よこんな首輪!」
「危ない!! 無理に外そうとするとバネの留め金が外れますよ!」
「やっぱりそうか…… ロッドシールにネジを巻いてもらわないとどうしようもないのね。……じゃあ、ティアちゃんにとっての人質って……」
「姫様です……」
「ああ、ごめーん。あたしって本当にバカだね。ひょっとして、あたしがロッドシールに首輪嵌められた時に呻き声上げたのって、ティアちゃん?」
「そうです。口枷を嵌められていたので、事前にお知らせできませんでした」
「そっか。よーし、じゃぁ今からロッドシールのところに乗り込むかぁ!」
「乗り込むなんて絶対無理です。それよりも姫様、先ほどのお答を頂いてません」
 ティアちゃんは泣きそうな顔をして話を元に戻した。
「なんだっけ? あ、馬ね」
「はい、とにかく今は従うしか無いんです。姫様、私の馬になって下さいますか?」

 ―― ゾクゾクゾクゾク!! ――

 これが、私の新たな運命への第一歩。
 色々な経験を一緒に知ってるティアルスちゃんがここまで思い詰めた状態で言いなりになってるのは、相当な調教をされちゃってるから?
 罠に自ら嵌まるにしても、ティアちゃんの申し出を受けるという形式的手続きとしても、私の答えは一つ。

「は……い……」

「では、こちらへ」
 ティアルスちゃんに連れられて部屋を出た。

 部屋を出た所に二人の戦車隊の女性が控えていた。
 全身革スーツに全頭マスク、口も目も塞がれているが、目は小さい穴が沢山明いたパッド状のもので塞がれているので、見ることは出来るようだ。
「私の小隊の二人です。1521さんと1541さん」
「はぁ、こんにちは」
 無言で会釈する二人。
「15は私の小隊番号で、次は小隊内での番号、次は1が騎手、2が馬です。ちなみに私は1511、姫様が馬として仕上がれば1512になりますね」
 廊下を歩きながらティアちゃんが説明する。
 なんか冗談ぽく返答したかったけど、雰囲気に押されてとても思い付かなかった。

 城の内部を縦断するように移動し、城の裏手にに隣接する建物に入る。
 それはまるで石造りの厩(うまや)とでも言うような細長い建物だった。
 中央の廊下をずっと歩くと、左右には小さな部屋が延々と並んでいた。
 これで鉄格子の扉があればまるで監獄だけど、扉は無く、仕切りで仕切られただけの部屋が並ぶ。
 それぞれの部屋の奥は戦車置き場になっていて、その奥に外へ通じる扉がある。
 ここに繋がれた馬は、有事の時にすぐさま戦車を曳き、奥の扉から出撃できるという仕掛けのようだ。
 しばらく廊下を進むと15と書かれたブロックに着いた。
「ここが姫様の部屋です」
 えー? あのデラックススイートは僅か数分で終わりー?
 ちぇ、化粧品だけでも着けとけば良かった。

 一緒に来た二人が、私をやんわりとその部屋に押し込むと、壁から下がっていた鎖を私の首輪に繋いだ。
「少々お待ち下さい」
 ティアちゃんは二人を連れて、行ってしまった。

 立ったまま部屋を見回す。
 一区画の幅が2mほどで奥行きは5mくらいある。
 一番奥が鉄の扉で、30cm四方くらいの鉄格子の窓がある。
 城の裏手の広大な芝地に面しているので明るい光が差し込んでいるが、景色は窓のそばまで行かないと見えない。
 扉に向かって、人が曳く戦車が置いてある。
 部屋の幅は2mほどで、戦車の幅は車軸の最大幅で1mちょっとだから、馬役の子は有事の際に鎖から解放され、この戦車の脇を通って扉側に出て、扉が開くとともに戦車に騎手の子を乗せて出撃するのだろう。
 武具は一切置いてないから、それは騎手の子が担いで持ち込むのかも知れない。
 ここに武具まで揃ってたら、隙あらば反乱とか自殺とかしそうだし。

 床は石畳で一部に四角い穴が明いている。
 チョロチョロと音がしてるので、下は水が流れているのだろう。
 ここは多分トイレだよね。
 思ったより清潔な仕掛けなので驚いた。

 入り口から戦車の手前まで一部に藁が敷いてあり、汚い毛布のようなものも置いてある。
 そして入り口寄りの場所には、体位を限定して拘束するような大型の木枷や、鋼鉄製の手枷足枷、などが雑然と置いてあった。

 コツ、コツ、と足音が近付いて来る。
 振り返るとロッドシール公とティアルスちゃんが立っていた。
「ロッドシール公!」
「姫様、我が戦車隊に入隊をご希望だそうで」
「だましたのね! この首輪! 卑怯よ!」
「これはまた異な事を。素直にお受け下さったのは姫様ではありませんか?」
「そんな! 説明もなく!」
「ならば一言『説明せよ』と申していただければ、包み隠さず仕掛けをお話ししましたのに」
「だ、だって…… それが私の公務だと思ったから……」
「意地の悪い言い方で恐縮ですが、姫様は何も聞かず首輪をお着けになると思っておりました」
「なんですって!?」
「だからこそ国民から慕われておいでなのではないですかな?」
 私は真っ赤になった。
「私も伝え聞いた話で姫様の熱烈な崇拝者となりまして、願わくば傍に置いて愛でたいと思うようになりました。そこへ此度の話。独立をごねて姫様にお出で願おうと画策した次第」
「じゃぁ、あたしにこんなことしたいがために独立を迫ったりしたんですか?」
「まあそれもありますが、私設軍の解散か王軍への接収が一番の拒否原因ですな」
「なんて身勝手な!」
「いずれにしても、姫様には今後の会議で『独立を認める』と言って頂きたいのです」
「残念でした。あたしには政治的権限はありませんよ」
「もちろん承知しております。しかし公の会議の席での姫様の発言、軽んずるわけにもいきますまい」
 チッ、お見通しか。
「御自分やティアルス殿のお命が掛かっていることをお忘れ無く。おっとっと、首輪のネジを巻きませんと姫様を手元に置いて愛でるという私の目的も潰えてしまいますからな」
 ロッドシール公は鍵状になったネジを取り出し、私の首輪の穴に差すと、ギリギリと回した。
「これで24時間大丈夫です。しばらくはティアルス殿に調教してもらって下さい。間もなく私の出番も参ります。クックック」
 嫌らしい笑い声を残してロッドシールは去っていった。
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