被虐のヤンデレ

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 控え室で朝食を済ませながら黒板をチェック。

『クリス:調度の清掃』
『マーサ:調度の清掃』

「よかったー、一緒だね」
「うん」
「2人とも、ほとんどが高価なものばかりですので、くれぐれも注意して取り扱って下さいね」
「はい、メイド長様」
「クリスも最近素直でよろしいですね」
「恐れ入ります。なーんて」
「調子に乗ってはいけませんよ」
「はぁい」

 マーサと2人で調度専用の道具箱を持って2階から順に掃除してまわる。
「おいおい、言葉遣いとか、言ったそばから無茶すんなよ」
「大丈夫よ、メイド長なら」
「ま、いいけど。ひょっとしてお仕置き期待してんじゃないの?」
「バッ! バカ言わないで!」
「アハハ、ごめんごめん」


 2階にあるものは、いくつかの壷、宝剣、ガラス器、燭台、皿、鏡などだ。
 だいたいは羽箒でホコリを落とし、燭台など非常に入り組んだ細工のあるものはさらに小さな羽根で掃く。
 あとは鏡や皿は磨き、銀器も専用の布で磨き、真鍮も同様、宝剣は磨けないので細工の宝石部分だけ磨き上げる。
 壷は内部のホコリを払い、外を磨いて終わり。

「あー、毎度毎度気を遣うけど、今日はこれだけやればあとは待機だから楽だね」
「へー、いつも調度当番の時はそうなんだ」
「うん。あとは1階の廊下の奥の花瓶だね。クリス、活けてみるかい?」
「えー? アレンジなんてあたし無理無理。少しかじったけど、ここに来るお客様に見せられるレベルじゃないわ」
「手があいてるとメイド長様がやったり、時間がないと私や他の子がやったりしてるけど、文句言われたことないぜ」
「まあ、そんなに来客自体がないからかしらね。いいわ、引き受ける。あとで文句言っちゃやーよ」
「どうせ誰も見ないって」

 1階に下りて、道具の必要な調度類だけを先に掃除し、花瓶は最後にした。

 道具を仕舞いがてら、庭師から生花を受け取る。

「大きい割には口が細い花瓶だから、そんなにたくさん活けられないよ。むしろそれが楽かも」
「そうね。フォーカルポイントはこの花、周囲にこれを散らす程度で、あと葉っぱもの刺して……と」

 マーサがあたしを覗き込みながら、急にソワソワし始めた。
「どうしたの?」
「やっ…… ああ、触手のヤツが……」
「ええ? なんで今ごろ? よろけてぶつかると危ないから、向こうでやってよ」
「ん…… ああん」
 マーサがメイド服のまま公然と感じてるのって初めて見た。

 でも最初の頃、ご主人様のを地下で積極的にお相手してたりしたのを見てるから、そういうことに慣れてるのはわかるけど。
 ここの子は皆慣れてるはずなのに、日中の仕事の時はあまり剥き出しになったのを見ないよね。

「アハ…… ごめんね、クリス」
「ハァ? なんで謝んの? あたしだってこないだイクとこ見られたし。別に平気よ。しかも触手のせいでしょ?」
「ちがうんだ…… 私のドス黒い欲望…… の、ことッ んあああああ!!」
「え?」
「私、ずっとクリスのこと…… ンンン!!」
「えー? 何よ急に」

 あたしを見つめる潤んだマーサの目を見ていると、ずっと抑圧していた愛情を解放した少女のように見える。

 そんなバカな…… マーサが、あたしを?

「ねえマーサ、まさかあたしのこと……す……」
「ごめん、もっと酷いことなんだ…… 私、ベッキイの彫像見るたびに…… クリスのこと……あんな風に……」

「え?!え?!え?!え?! それってまさか!」

「ごめん、クリス。 私、負けちゃ…… うっああああ!!!」

 紅潮させた顔に涙を浮かべ、本当に愛おしそうにあたしを見ながら、マーサはその大きな花瓶をあたしの目の前で、凪ぎ払うように叩き落とした。

「え?」

 あたしの手の中の生花が、その行き先を失うと同時に、廊下中に轟音が響き渡った。

 ―― ガッシャーーーン!! ――

「ちょ! なにすんのッ!!!」

 あたしが睨んだマーサの目は、ドロドロの快感に溺れる目つきだった。
 そして急に叫んだ。
「大変! クリスが! クリスがあ!」

「ええええええ? 何言って……! マーサ! ちょっとバカぁ!!」

 あたしが大慌てでそこを片付けようとパニックになっているうちに、マーサはそのまま廊下の反対の端の控え室まで飛んでってしまった。

「どうしたんです?」
 メイド長様をはじめ、近くの仲間が皆集まってきてしまった。
「あらあら、大変」
「クリス! 怪我ないか?」

 マーサ何言って……!
 あ、あんたが落としたくせにッ!!

「さあさあ、花瓶が割れただけですから、持ち場のある人はお戻りなさい。 手のあいてる人は手伝って」
 わけがわからず、茫然自失となっているあたしをよそに、わっと人が集まって、あっという間に片付けてしまった。
「クリス、怪我がなくてよかったわね。お気をつけなさいね。もうお掃除終わりでしょう。控え室にお戻りなさいな」

 騒ぎが収まってから、あたしはガクガクと全身が震え始めた。

 やっちゃった……

 やっちまった……

 でも、あたしやってない!!

 恨みがましい目つきでまだその場にいたマーサを睨むと、何か薬にでも侵されたように蕩けた表情をしていて、目の焦点が合っていなかった。


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