お屋敷の秘密

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 夜。

「見るだけでも結構疲れたろ?」
「大したことないわ」
「お腹減ったろ? ここは時間が不規則なこともあるんで、夕食は各自の部屋で食べる決まりなんだ。厨房に行くと名前の付いたバスケットが用意してあるから、自分のを貰って部屋で食べなよ」
「わかったわ」
「私はクリスの隣の部屋だから、一緒に食べるかい?」
「結構よ。何かあったらお邪魔するわ」
「おっと、一番大切な話を忘れてた。自分の部屋の天井の隅にベルがあったの覚えてる?」
「ええ」
「廊下のベルはご主人様の執務室へ急行だけど、個人の部屋のベルが鳴ったら、寝ていようと深夜であろうと、ご主人様の『寝室』へ急行だ」
「ちょっと! それってどういう……」
「アハハ、何事も経験さ! じゃ、お休み」
 マーサは笑って厨房へ行くと、さっさと夕食のバスケットを手にして屋根裏へ向かって行った。

 あたしも厨房に入りバスケットを受けとる。
「おや、クリス、だったっけ。はじめまして。シェフのブルース・ランゲルハンスです。今晩は豪華に牛すね肉のトマトシチューだよ」
「あたしトマトきらい」
「ははは、俺のシチューは特別さ。食べないと明日の仕事がうまくできないよ? 好き嫌い言わずに食べてごらん。パンはこれも俺様特製くるみパンさ」
「あたしくるみも苦手」
「あこりゃまいったね」
 叱るでもなく、それ以上突っ込まずにブルースはバスケットを私に渡した。

 慣れない仕事で疲労困憊した体に、バスケットから立ち昇る優しい香りが心地よい。
 鼻腔から全身に染み込んでくるようだ。
 部屋へ向かう途中あたしは階段をぎしぎし上りながら、思わずバスケットを抱き締めていた。

 部屋に戻り、忌々しいメイド服を脱ぎ捨てると、下着のまま小さなテーブルに着きバスケットを開けた。
 バスケット内に被せられたナプキンを取ると、籠っていた香りが部屋中に拡がる。
 せきたてる腹の虫をなだめつつ、テーブルにナプキンを敷き、良くまとめられた食器のセットを取り出す。
 熱々の蓋付きスープポット。
 くるみパン。
 小さな木片の上に申し訳程度に擦(なす)り着けられたバター。
 ナイフ、フォーク、そしてスプーン。

 スープポットの蓋を開け、アツアツのシチューをがつがつ口へ運ぶ。
 充分熱いのに、やけどの心配のない温度。
 って、トマト?
 これがトマトだとすれば、あたしが好き嫌い言ってたトマトは一体何?
 薄味の、酸味がキツい味ではなく、熟れ切った果物のような濃厚な味。
 それにこのくるみパン!
 くるみってもっと油っぽいくせにバサバサした食感で苦みの混じるアレでしょ?
 なにこれ!
 この香ばしさ。
 ああ、スープに浸しても、バターを塗っても、そのままかじっても、深い香ばしさは負けず、小麦粉そのものの味をもひきたてる。
 バターも濃厚で、牛乳をそのまま濃縮したみたいに香りがすごい。
 量もちょうど良く、木片をなするようにして綺麗に使い切った。

 何やってんの、あたし?
 何を食べてもこんなに感動したことなんてなかったのに。

 一気に食べきり、食器をバスケットに戻し、思わずバスケットにごちそうさまと手を合わせてしまった。
 どうせ明日片付けさせられるんだろうからと、食い散らかす気満々だったのに。
 なんでこんなにちゃんと片付けちゃってんの?

 お腹が膨れたら急に睡魔が襲ってきた。
 体は清潔にということなのだろう、こんな屋根裏の小さな個室なのに小さなバスタブとシャワーがついていたので、簡単に汗を流して、持ってきた寝間着に着替えてベッドに入った。


 *****


 ――チリンチリン――

「うーん」

 昼間さんざん廊下で聞いたので、まだ呼び鈴の音が耳の中に響いている気がしてうなされた。

 ――チリンチリン――
 ――チリンチリン――

 違う!
 本物だ!
 こんな深夜に?
 時計は大広間や控え室にしか無いので、今の時間なんてわかんない。

 ともかくガバッと跳ね起き、寝ぼけまなこでメイド服を探すと、椅子に脱ぎ捨てたままクシャクシャになっていた。
 手でシワを伸ばしながらなんとか着込んで、髪を整え ホワイトブリムを頭に留めると部屋の戸を開けた。

「ハアィ!」
「ぎゃっ!!」
 目の前に人が立っていて驚いた。
「マーサ!」
「しーッ! 静かにして。他のメイド達は寝てるから」
「なにしてんのよ! あなたも呼ばれたの?」
「違うよ。クリス、2階の寝室に行くつもりだったでしょ?」
「そうよ!」
「アハハ、夜中に呼ばれた時の『寝室』は、2階のいつものご主人様の寝室じゃないんだ」
「えっ?」
「地下、だよ」

 あたしはこの時、このお屋敷に来て初めて、自分の知ってる世界とは全然違う世界の存在というものを感じ、ゾクリとした。

「地下……って、何かいかがわしいことしてるのね?」

 そう返答しながら、手と唇の震えが止まらない。
 今までのお子様の世界や学校のなんでもない日常の世界とは全然別の、大人な世界、もっと卑猥な世界があることは知ってた。
 でもそんなものは遠い未来のことで、自分には当分訪れないだろうと思ってた。
 パパがあんなことになっちゃって、その世界があたしの方にぐっと近づいてきて、ともすればそこから黒い手が伸びてきてあたしを掴もうとするかもしれない、っていうのもなんとなく感じてはいた。
 でも、パパの勧めたバイトがまさにそれかも、なんて疑ってもみなかった。
 だって、もしそうだとすれば、パパがあたしを『売った』ってコトでしょ?

 ……でも、学費全額とか、借金を完済した上につつましいながらも負債なしで生活できるとか、とても普通の条件で贖(あがな)える内容とは思えないよね、良く考えると。

「まあ、来ればわかるよ、アハハ」

 マーサの後ろについてまずは一階まで下り、納戸に入った。
 すると床に隠し戸があり、それを跳ね上げると地下へ続く階段が現れた。
 お屋敷の普通の階段は木製なのに、ここは1段目から石だ。
 マーサの持つ蝋燭の灯りで、深い陰影が映し出されている。

 途中、一度折れて更に下ると、両脇にいかめしい鉄の扉が嵌った牢獄のような部屋が左右に並んでいた。
 このお屋敷が昔お城だった頃の名残りなのだろう。

 その先へ進むと廊下に明りが灯してあり、マーサは蝋燭を消した。

 さらに奥へ進むと、この地下には似つかわしくない豪華な扉が出て来た。
 マーサは軽くノックすると返事を待った。
『入りなさい』
「マーサです。クリスを連れて参りました」

 重厚な木の扉を開くと、中は広めの石造りの地下室そのままで、中央に1m四方程の絨毯が敷いてあった。
 その上には簡素な造りの木の椅子があり、当主であるミトコンドロイドおじさまが裸で座っていた。
 とても老齢には見えない引き締まった体をしていて、一瞬彫像かと思ってしまった。
 股間にそそりたつモノを注視するまでは。

「ひいッ!」
「よく来たね。今晩は君が当番だ。といっても慣れないだろうから、可能な範囲でいいので、奉仕してくれるかね」
 あたしはあんまり急な展開に覚悟しはじめていた気持ちすら追いつかなくなった。
「な、なによこれ? どういう茶番? 奉仕って、お菓子もお茶もないわ!」
「アハハ、何言ってんだよ。クリスが手とか舌でご主人様のモノを御慰めすればいいのさ」
「慰めるって?」
「え? 全然知らないの? 仕方ないなぁ、ちょっと見てて」

 マーサはミトコンドロイドおじさまの腰の傍に膝立ちになると、手をそのモノ……おちんちんに添えてゆっくり扱(しご)き始めた。
 老人とは思えない、マーサの手に余るほどの太さのソレを、マーサは普通に棒を掴むようにして、前後にこする。
「ねぇ、ほんとに知らないの?」
「みっ、みたこともないわ」
「あはは、そっか、見たことないは無いだろうけど、きっとみんなしぼんだヤツだったんだね。コツはさ、この扱き方の時は強く握らずに軽く往復すること」
「……」
「で、こんどはリング状にして、ゆっくり扱く……」
「フフフ、相変わらず上手いね、マーサ」
「恐れ入ります。 で、こんどは親指でこのカリってトコの周囲をグジグジしながら、下側に添えた指でおしっこの通り道をなぞるように、そうだね、笛の演奏見たことあるかい? あれの指みたく順に添えながら扱くと……ほら、おつゆが染みてきた」
「フフフ、年甲斐もなく量が多くて恥ずかしいよ」
「とんでもない、御立派なことでございます。 ねえクリス、自分ではするんでしょ?」
「な! 何を?」
「あちゃー。 そしたらどう説明すればいいかな」
「フフフそれはそれで楽しみがあるな」
「ともかく、おつゆ出るくらいになってから口で吸った方が効率いいから。あんまり最初からだと顎が痛くなっちゃうんだよね。ご主人様の太いし」
「すまんな」
「で、このへんから、ちゅっ!と」
「ひいい、そんな! 口をつけるなんて!」
「んちゅ、んちゅ、んちゅ。 ぱっ。 まずは舌でカリ裏とか周囲とか、先端の鈴口とかを丁寧に舐めるといいよね」
「おほ、ちょっとこそばいよ、マーサ」
「あわわ、説明しながらなので、申し訳ありません。……がぽム」
「う!」
「いやああ! マーサ! 何咥えてんのよ!」
「んぷあっ! このまま喉まで入れるんだぜ?」
「うそでしょ?」
「こらこら、最初はそこまでは無理だぞ」
「ああ、そうですね。 じゃ、まず咥えるとこまででいいや。ご主人様も『可能な範囲で』って仰って下さってるから」
「ええっ!?」
「それと、咥える時はからなず唇で前歯を覆うこと。歯が剥き出しだと、初心者は絶対口が閉じて来ちゃって歯を当てるから」
「あれは痛いな」
「おま○こに包丁の背を食い込ませるとか想像すると痛さが想像できるよ」
「ひい!」

 マーサは立ち上がり、あたしの手を取り、おじさまの方に促す。
 ミトコンドロイドおじさまはにこやかに笑ってる。

 そんな、老人の、男の人のおちんちんを、しかもマーサがさんざんしゃぶったあとの、しかも透明ちんぽ汁にまみれてるモノを、口に含むなんてできない!!

「い、嫌ッ!!」
「なんでも慣れだよ」
「いやあああ!!」
 あたしは絨毯の前に座り込んでしまった。

「クリス、良く聞きなさい。色々と大変なことがあって、また育ちも手伝って、あれこれ反発したいという気持ちもわかる。しかしこれからお前が世の中で生きてゆくためには、ほんのちょっと先を読み、ほんのちょっと思いやりを持ち、ほんのちょっと優しくものを考えることが必要なんだよ」
「ふん、今更お説教? 学費出してくれたから?」
「いいや、そんなこととはもっと次元が違う。マーサは私のモノをしゃぶるときに『私が気持ち良くなるように』と願ってしゃぶってる。『ご主人様のだから仕方なく』ではとても気持ち良くなぞならないよ。マーサにとって私がきもちよくなることが自分の快感でもあるのだよ」
「わかんないわ、そんなこと」
「マーサはお前にも同じ気持ちで接しているのだよ。それは私も同じだ」
「何それ、気色悪い!」

「やれやれ、これはアレを使うしかないようだね」
「そうですねぇ」
 マーサは急にニヤついた。
「ほら! 結局あたしをいじめて楽しもうとしてるじゃない!」
「アハハ、違うよ。今ご主人様が仰った通り、クリスが気持ち良くなることが私の快感なのさ。ご主人様にとってもね」
「そうだとも。マーサ、早速あれを」
「はい、ご主人様」

 マーサは壁際に置いてあった古めかしい道具箱を開けると、中から小さなブローチを出して来た。
「これを胸元に付けて……と」
「ひいッ! 何?!」
 マーサは暗い色をした紅玉(ルビー)のような宝石を、裏に糊でもついているのか、そのままぺったりとあたしのメイド服の胸元に貼り付けた。

「じゃ、今日はおしまい。ねえ、ちょっとだけでもご主人様の触っていかない?」
「い、いやよ!」
「フフフ、嫌われたものだね」
「続き、私がちゃんと致しますから」
「頼むよ、マーサ」
「じゃクリスは戻っていいわ。あ!そうだ!今日はそのメイド服のまま寝るのよ」
「え? このまま?」
「そのくらいは従いなさいよ」
「え、ええ、わかったわ」
「はい、蝋燭。納戸のところだけ使えばいいから。夜目に慣れてたら使わなくてもいいわよ」
「どうも」

 あたしは結局何もせず、そのまま地下室を後にした。
 帰り道、左右に鋼鉄の扉が並んでいるあたりで、扉からすごい熱気を感じたような気がしたけど。
 まさかこんな暗い冷たい地下室にあって、興奮した人の温もりにもにた熱を持つ扉なんて考えられないので、気味悪く思ったがそのままスタスタ通り過ぎた。

 まだマーサが下にいるので地下への扉はそのままに、納戸を抜けて廊下に出た。
 特に蝋燭は要らなかった。

 自分の個室に戻り、メイド服のまま寝ることに違和感を覚えたが、あまり邪魔にならなかったので眠気に負けてそのまま眠りこんだ。
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