ブーツの呪い編 1

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「お疲れ〜」
「お疲れ様でした〜」
 ふぅ、相変わらず生徒会は疲れるなぁ。
 そう言えば最近『息抜き』してないし〜
 ていうか、最近だんだん息抜きもエスカレートして、頭はスッキリするんだけど体力的にちょっとキツいことが続いたからなぁ。
 あんまり積極的にカオルにリクしてないんだよね。
 もうちょっとウキウキしてドキドキしてソフトなやつって無いのかな。
 だって縄とか首輪とか、もォヘンタイまっしぐらじゃない。

 とっぷりと日の暮れた中、学校から家に帰り着くと、丁度お隣のドアから私服のカオルが出てくるとこだった。
「おぅ、遅くまでご苦労さんだな。丁度良かった。母さんがお裾分けしろって、リンゴ。ほれ」
「あ、ありがとう。 ……あ、あのね、カオル、ちょっといい?」
「なんだよ、オレ、これから本屋行くんだから」
「あのっ、そのっ、『アレ』の話……」
 カーッと真っ赤になっちゃう私。
 カオルは急に真顔になり、次にニヤーッと笑った。
「そろそろ、したい、のか? ……『息抜き』」
「そっ、そそそそろそろッて! ……  ……うん……」
 どう遠回しに言ったって結局同じなので、素直に認める。
「でね!でね!でね! ちょっと……アノォ、最近ね、激しいのが続いたからぁ、もうちっと……ソノォ、ソフトなの無いかナーっていう…… お願い……なんだけどォ」
「ソフトなので……満足できんのか? ナナ」

 ―― ボガーーン!! ――

 脳内の思考リアクションよりも先に手が出てた。
「人が恥を忍んで言ってるのにィ! もォ! カオルのバカッ!」
 ゴロゴロとリンゴが玄関先の床に転がる。
 パパッとそれを拾い、家の中へ飛び込んだ。

『ソフトなので満足できんのか?ナナ』

 もォっ! もォっ!
 枕にパンチを繰り出す。
 それって『お前はもう並大抵のことじゃ満足できないヘンタイになったんだゾ』ってコトなわけぇ?
 バカバカバカバカ!
 カオルのバカ!!
 さらに穿って考えれば『そこまでオレがちょーきょーしたんだぜぇ』とも言いたげに聞こえるゥ!ああ腹が立つ!

 それでもやっぱり壁をノックする合図が無いか、聞き耳立てていたけど、その日はカオルからのアプローチは何も無しだった。


 翌日。
「うひゃひゃひゃ! カオルなんだよその顔!」
「うっせーな! ほっとけ」
 F組の前を通るとカオルと悪友達が騒いでた。
 ちょっと立ち止まって覗くと、ただでさえサエないカオルの顔にゴッテリと隈(くま)が載って、ほどんど寝てないって様子だ。
 あ、私が殴っちゃったのもあるか。
「どこぞのネット小説でも読み耽ってたんじゃねーの?」
「ちげーよバカ。ネトゲだネトゲ」
 ゲームと聞いてちょっと安心する反面、なんか私のこと放置されたような気がしてチクリと一言言いたくなっちゃった。
「ふーん、そのくらいの気合いで勉強でもすれば、もっとマシな成績になるんじゃないの?」
「うるせー! A組のやつがいちいちF覗いてイヤミ言ってんじゃねーよ。 どうせオレと副会長サマとじゃおつむの構造が違い過ぎますよーだ」
 悪態の応酬になってしまうとお互いのボロが出そうなので、早々に立ち去る。
「キヒヒヒ! カオル、そりゃ言われても仕方ねーべ。 ああ、俺も千草に罵倒されてー! でもよ、逆に一度でいいから千草みたいな女に、もじもじしながら上目遣いに『お願い』とか言われてもみてーよなぁ!」
「ああ……まあな」
 廊下を立ち去る私に、カオル達の会話はそこまでしか聞こえなかった。

 その日一日が終わり、夕食後に自分のベッドで壁にもたれて悶々としていると、壁をノックする音がした。
 ギクリと飛び上がる。
 そして、何か急に嬉しい気分になって、部屋着のままカオルんちの玄関に立った。
 チャイムを押すまでもなくドアが開き、カオルに招き入れられた。
「あのっ…… 昨日はいきなり殴っちゃって…… ごめん…… あと、学校でのこと……」
「いいって。 しっかし調べるのに時間掛かったぜぇ!」
「じゃ、やっぱり……」
「だってなぁ、ナナが切羽詰まった顔してるから急がないと破裂しそうだし、でも要求があまりに漠然としてて検索しようがないし、結局徹夜だよ」
「あ、ありがとう! 私のためかもなーとは思ったんだけど、そうじゃなかったらあたしのこと無視されてるみたいに思えて、それでその……」
「わかってるって。今日は母さん遅いシフトで居ないんだ。だから自由に出来るんだけど、でもナナは遅くなれないだろうから、今日はまず準備だけだ」
「えっ? 準備って……?」
「まずはオレの部屋に入れよ」

 勝手知ったるカオルの部屋のドアを開けてギョッとした。
 明かりが落とされ、壁際の机のスタンドだけで仄暗(ほのぐら)い急造の間接照明になっていた。
 そして部屋の中央には、天井から手を伸ばしたら届きそうな高さまで鎖がが垂れ、その先のリングには革製の枷が2つぶら下がっていた。
 ここがカオルの部屋であることを忘れれば、まるで拷問部屋のようなイメージだ。
 そう、哀れな奴隷か罪人を手枷で天井から吊るし、鞭打つような。
「ヒッ! 何よこれぇ! ソフトにって言ったじゃない!」
「あわてるなよ。でもまぁ、オレのことが信用できないってんならここで止めてもいいんだぜ」
「こんな凄い仕掛け見せてソフトなんてありえなーい! うぐ…… でも、カオルのことは信じてる…… じゃなきゃ今までのことだってとても出来ないもん」
「オッケイならはじめるぞ」

 カオルは椅子に乗ると天井から下がった手枷を外した。
 それは天井から下がった鎖の先のリングに、バネ付きのフックで1個ずつ留めてあるだけだった。
「天井から鎖を下げるのに苦労したぜぇ。まさかSMバーみたいに天井に金具を付けるわけにもいかないからな。天井の蛍光灯が幸い照明器具共通規格だったんでワンタッチで外れたから、そこに電気屋で部品だけ買って、接点とか外して鎖だけ下げられるようにしたのさ」
 こんなことになると凄いスキルなんだよねぇ。
「本当は水着かなんかになると効果倍増なんだけど……」
 ゴクリ、と生唾を呑んだ。
「いっ、いいわよ。そそそソフトってのが本当なら、み水着くらい何でもないわ」
「ソフトは本当さ。今回、オレはナナに指一本触れない」
「なっ、なら、ビキニくらいききき着てきてあげる。き、去年の夏の水着をワゴンで投げ売りしてたのを、こ、こないだ買ったの。べべべべつにこういう時のために買ったわけじゃないんだからね!」
 私ったら何言ってるんだろう。

 一度カオルの部屋を出て、うちに戻り、まだ値札も付いたままだったビキニを取り出した。
 正直、ちょっと過激な水着だ。
 トップはカップ小さめ、ボトムも全体的に生地少ない上に、後ろはTバック気味でお尻半分くらい出ちゃう。
 こんな過激な水着、渋谷か銀座だったら即売れなんだろうけど、地元のスーパーじゃ売れ残るわよね。
 ワゴンセールに投げ込まれてたのを、1000円なら擦れたり痛んだりしても惜しくないと思って買ったんだけど……
 水着を着て、色んなトコが一応大丈夫かチェックして、その上からTシャツとスパッツを着る。

 ナナ、カオルを信じるのよ!
 フンッ!と自分に気合いを入れる。
 ……て、気合い入れたはずなのに、いざカオルんちに戻るとなると、暗い中に天井からぶら下がった手枷が頭にチラついて、玄関を出ただけでもうドキドキしてきちゃった。

 鍵のあいてるカオルんちのドアを勝手に開けて、カオルの部屋へ直行。
「お、おまたせ」
「ふーん、前にも見せてもらったけど、やっぱりスパッツもイイな」
「あっそう、じゃぁこのままで」
 きっと悔しい顔をするだろうと思ったら、一瞬表情が歪んだ後、ちょっとカッコつけたようなニヤけた顔になった。
「ナナはそれでいいのか? どうせやるなら、頭真っ白になるくらいじゃなきゃダメなんじゃないのか? それでなくても今回ソフトご希望だからな。あとで『物足ンない』って文句言われても困るしな」
「う。」
「誰のためにやってンのか、思い出した方がいいんじゃないのか?」

 その言葉に、突然、羞恥ではないもっと温かい感情に心を満たされ、耳が焼けるほど真っ赤になった。
 うーーっ!

 でも、あの目!
 カオルの目!
 絶対勘違いしてる!
 きっと『オレの羞恥責めが効いたぜぇ』とか思ってるんだ、もォ!

 違うよ。
 もっと高度なキモチだよ。
 でも、今のカオルにはまだナイショにしてた方がいいかな。

 真っ赤な顔のまま、口をへの字にして、バッサリとシャツを脱ぐ。
 布地少なめの水着のトップが現れる。
 カオルは目がピクリと歪んだが、ニヤけ目の無表情を決め込んでいる。
 次にスパッツの左右に指を掛け、それこそお風呂場で脱ぐみたく自然にズルーっと脱ぐ。
 べつにプールサイドと思えば平気。
 ……じゃないよォ!
 ああん、あの天井の鎖が気になるゥ!

 カチャっとカオルが入り口の戸を閉める音にドキッとした。
 退路が絶たれた気分。

 いよいよ仄暗い部屋に淫靡な雰囲気が漂って来た。



「言った通り、オレは今回ナナには指一本触れないから、この手枷も自分で嵌めるんだ」
 口から心臓が飛び出そうになるのを抑え込み、受け取った手枷のベルトを外して手首に巻き付ける。
 あのボンデージを着てからこっち、こんな厳つい革製品でも、緩甘く締め込むよりぴったりきっちり締めた方が肌にも安全でキモチイイことを知ってしまった。
 カオルに言われなくてもきつく巻き、ベルトで留めて、巻きが僅かに戻ったところで程よいテンションが掛かる位置でベルト穴を留める。
「嵌めたわよ」
「いいねぇ、過激なビキニに白い肌、黒い革が映えるね。やっぱエロくてきれいでかわいいよ、ナナ」
 ますます赤くなる私。
「どっ、どうでもいいけど、一体なにをする気なのか教えなさいよ!」
「『呪い』を掛けるのさ。ナナに」
 私はギョッとした。
「おっ、おどかしたってダメよ」
「この呪いを掛けられると、ナナはもう普通に外出出来なくなるんだ」
「い、いやっ! 変なこと言わないで……」

「ところで、ブーツ持ってるかい? ナナ」
「えっ?何よ急に。古いウエスタンタイプと、ファーがモコモコしてるやつ持ってるけど」
「ウエスタンのもファーのも、あの踵(かかと)がペタンコのやつだろ? あれじゃダメだ」
「いったい何なのよ! 何がカンケイあんの?もォ!」
「まあいいや。さぁ、この天井の鎖にその手枷をかけるんだ、ナナ。そのバネ式フック、ナスカンて言うんだけど、それをただ掛けるだけだ。簡単だろ?」
 うわ、いきなり来た!
 やっぱり吊るされちゃうんだ。
 水着といえど殆んど裸同然の姿でカオルの前に晒されるんだ。

「うん……」
 ゴクリと唾を呑み、唇をペロリと舐めて、鎖の真下に立つ。
 天井から下がった鎖の、最下端にある大きめのリングを見上げ、じっと睨む。

「普通に見てもエロいナナの体が、淡い照明で陰影が強調されると、ますますエッチだな」
「うっさいバカ」
 リングを睨んだまま、カオルの煽り文句を一蹴する。
 ……あれ、ちょっと高い?

 晒される腋(わき)や胸を気遣いながら、おずおずと片手を伸ばしてリングを掴もうとするが、届かない。
 えい、と背伸びするとギリギリ手首のフックに触れるけど、フラついて作業できない。
 ただナスカンを掛けるだけなのに。

 これ無理だ。
 仮に片手だけ掛かったとしても、反対の手を繋げるまで作業する間、つま先立ちを維持出来ずに、鎖の下で片手を吊られてキリキリと回ってしまうだろう。
 そんなただ危ないだけみたいなコトをやらせたいの?

「ちょっとこれ、無理よォ!」
 カオルを見る。
 カオルは当然予測していたようにニヤリと笑った。
 こういう時のカオルは何か芝居がかっててドキリとさせられる。
 事前に練習でもしてんのかしら?
 私のために?
 まさかね。

 カオルは小さな木製の積み木を2つ持ってきた。
「これ、何だかわかるかい?」
「積み木でしょ?」
「そう、積み木だ。だけど、これがナナにとって晒し刑の処刑台になるんだ」
「さ、晒し刑?」
 いやああ、ドキドキしてきちゃった。

「踵を上げて」
 鎖の真下でつま先立ちになる。
 私の足元にカオルが屈んで、踵の下に積み木を差し込む。
 ちょ、ふくらはぎにカオルの息が掛かってるゥ!
 カクンと横に崩れないか確かめながら、積み木に体重を移す。
「いたたたた」
 積木が食い込む。
「違う、ベッタリ踏んじゃだめだ。それじゃつま先が浮くだろ。基本はつま先立ちで、積木はあくまでサポートするみたいに、もっと踵の端を載せるんだ」
「こう?」
 つま先立ちの危うげな直立ポーズ、それの踵を僅かに何かで支えてもらうだけでかなり安定した姿勢になる。
 でもこの危うげで不安な感じは変わらない。
「そうだ。その状態で手枷を掛けてごらん、ナナ」
「うん……」

 また腋や胸を気遣いながら、そろそろと腕を上げる。
 カオルを見下ろすと、じっと私を見つめてる。
 またカーーッと赤くなり、照れ隠しに蹴りを入れようとして、とても今そんなバランスの崩れることは出来ないと思い留まる。
 ダメよナナ、自分のためにもカオルのためにも、テレてばっかりいられないのよ。

 手を上げると、少し背筋を伸ばせば容易く届く位置に鎖のリングがあった。
 さっきとは安定度が全然違う。
 天井を見上げ、自分の頭よりまだ遥かに高い位置にあるリングに、左の手枷のナスカンをカチリと掛ける。
「はふっ」
 短い吐息が漏れる。

 もう一つ。
 今度は右の手枷のナスカンだ。
 今のつま先立ちの状態なら、左手首を少し戻して左手の指先でナスカンをリングに誘導する余裕がある。
 カチリ。
「はふっ……」
 こ、これでもう……
 これでもう私は、両腕をいっぱいいっぱいに上に伸ばされたまま、下半身はおろか、胸も、腋も、全く隠すことができない無抵抗な姿だ。
 鍵を掛けられているわけではないので、少し工夫すれば手枷のナスカンを外すことはできるだろうけど、仮に今カオルが私の下半身にヘンないたずらしようとしたら、すぐに阻止はできない。
「こっ、これでいいの?」
「上等だ、ナナ」
 たっぷり芝居がかって頷くカオル。
 カオルの視線が痛いよォ!
「……っで、これからどうする気?! い、いたずらしたらブッ飛ばすわよ!」
「どうやって?」

 はッ!!!

 ギョッと目を剥いて、瞬間で自分の立場を悟った。
「言ったろう? ナナは今、晒し刑に処せられている哀れな奴隷なんだぜ?」
「あ…… あ…… あ……」
「そんな無抵抗で不安定な姿で、どうやってオレをぶっ飛ばす?」
「う、うっさ……ぃ……」
 じわーーっと下半身が熱くなる。
 ヤバイよォ……

「しばらくそのままだ、ナナ。『晒し刑』だからな」
「まっ、マジ?! そ……」
「黙って、ナナ。 『息抜き』したいんだろう? だったら黙って、今のえーと、今の……」
 カオルは握った紙片をガサガサと盗み見て、またキッと表情を作った。
「今の…… 今の自分の姿を、今の自分の気持ちを、しっかりと記憶するんだ」
「あ…… あ…… い、『いいわよ』……」
 先日の息抜きプレイの時使った肯定ワードを口にする。
 ズクンと心臓が甘く縛られる。

 耳の芯まで真っ赤になり、押し黙ってカオルの視線に堪える。
 もじもじしたくても、こう伸ばされてしまっていては、動きさえ限定される。

 あう……

 ふう……

 いや……

 んん……

 たっぷり10分くらいジロジロ見られた。

「ナナ、今の足の状態、何かに似てないか?」
「は、ハイヒールって言いたいんでしょ? バッカじゃないの? ハァハァ……」
「さすが優等生だね、ナナ。ハイヒールのSM的な部分ってわかるかい?」
「べ、べつに?」
「じゃ、こうしたらどうだ」
 カオルは私の足元に屈み、積木を2つとも外した。

「あ! ちょ! いやあ!」
 つま先立ちのままいきなり不安定な状態にされ、本当につま先だけでトットッとバランスを取りながら鎖の下で小刻みなダンスを踊らされる。
 鎖で支えられているとはいえ、両腕を真上に真っ直ぐ上げた姿勢では、一か所に留まったままバランスを取るなんてほとんど無理だ。
「ちょ! いや! 早く戻して!」
「ナナは恥ずかしい姿で、この小さい処刑台に載せられ、人より高い位置に晒されているんだ。わずか10cmの高さだけどね。『晒し台』の意味、わかったかい?」

 その言葉で、私は自分が本当に晒し台で処刑されている姿がイメージできてしまった。
 その僅かな高さが、カオルの居る床の高さとは違う、私の取り扱われ方、つまり『晒しもの』『奴隷』という立場を象徴していると認識してしまったのだ。

「あ…… あ…… あ……」

「ハイヒールの起源の諸説はおいといて、オレとしては女性をエロく見せるための靴だと思いたいね。で、そのハイヒールで拘束して脱げなくできる仕掛けがあるんだけど、わかる? ナナ」
「それって…… ハイヒール…… ……ブーツ!!」
「正解。これが『呪い』の全貌さ。ナナはもうハイヒールのブーツを見ると、今の自分の状態を思い出すように呪いを掛けられたんだ」
「う…… あ……」
 私は陶然となって、吊られたままガチャガチャと鎖を鳴らす。
「う…… やだ…… そんなこと…… ない……」
 まだ踵の積み木を戻してもらっていないので、フラフラとつま先立ちのままだ。
 こんな処刑の状態をそのまま日常に持ち込むなんて、出来るわけ、ない……

「ああ……」

「はふぅ……」

「んん……」

「いやぁぁ……」

 呻き声出ちゃうゥ……

「お願い…… 赦して……」

 もう私には懇願するしか手が無いって、心の底まで思い知らされた。

 少し涙目になってきた。

「ねぇ……」

「いやっ……」

「はふッ……」

 じっとり滲んだ汗が水着を暗い色に濡らし、両手吊の辛さをたっぷり身体に染み込まされたところで、そっと踵に積み木が宛がわれた。
 添えるように踵を載せる。
 意識はまだ、つま先立ちのままだ。
 その危うげで儚げな姿勢を、ほんの僅か実用的にするために積木に手伝ってもらってる、という感じが全身に染み込む。

 ―― ゾクゾクゾクゾクゾクゾク ――

 呪いが私を支配した瞬間だった。

「この高さ、この足の感触、今の気持ち…… 覚えたかい? ナナ」

「ああ…… は…… い……」
 
 両腕を吊られたまま、今にも涙が噴き出しそうな切ない顔をカオルに向けて、呪いの染み込んだ体を震わせながら返事をした。



 ジンジン痺れてぐったりした腕でナスカン外すなんて無理!と思っていたら、カオルが椅子を持ってきて、手枷を外してくれた。

 腕を下ろし、踵の積み木を外して、その場にへたり込む。

「がんばったね、ナナ。すごいよ。よくやったよ。そして…… きれいで…… エロかった」
 私の傍らに立ったまま、カオルが言う。
 私はうつむいたまま、カオルのジャージをぐいっと引っ張り下げる。
「屈めェ!!」
「は? はいッ!?」
 さっきまでの妙な威厳はどこへやら、いきなり気を付けの姿勢を取ってから、バッと屈むカオル。
「ありがとう!」
 目線の高さが合ったところで、バフッとカオルを抱いた。
「お、オレ触らないって……!」
「バーカ」
 もう一回ギュッと抱いて、そのまま立ち上がり、スパッツとTシャツを戻した。
「ありがとう。今日はもう帰るね」
「お、おう…… あの」
 カオルの返事もそこそこにカオルの部屋を出てウチへ戻った。

 だって……

 少し会話しただけで、もう何かがバリッと音を立てて頭を突き破り、こぼれ出ていってしまいそうだったから。






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