箱入り姫輸送

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 私の足元からその隊列の中心へと赤い絨毯が延びている。
 絨毯の終点に目をやって、私はギクリとした。
 4頭立ての四輪の馬車が3台並んでいたが、その中央の馬車は客室が無く、まるで荷車のようで、さらに良く見ると荷台の代わりに御者席の後ろがただの木の枠になっていて、中央にほぼ立方体のような形の箱が据えられていた。
 見覚えのある箱のサイズ。
 いや、実際にコレそのものを見たわけではない。
 しかしあの油浸けにされた時のガラスの箱より全体に一回り大きく、あの黄金の極小の檻より頭一つ分高さが低いとなれば、どんな姿勢で詰め込まれるのか容易に想像がつく。
 箱から首だけ出す姿勢。
 絶対そうだ。
 でもそんな姿勢で5日も馬車の旅が出来るのだろうか。

 一歩ずつ近づくごとにドクンドクンと心臓が高鳴り、箱の上部に首が通るほどの穴を認めた時、私の心臓は潰れる寸前だった。


 近づくにつれ箱の詳細が良くわかる。
 やや密度の低そうな古い木、日本で言えば桐のような木で出来た箱で、比較的厚みの薄い金の装飾金具があちこちに施されている。

 侍従二人が金の留め金を外し、蓋を持ち上げると、それでも箱も蓋もそれぞれ5cm近い厚みがあった。
 箱に詰められる前に拘束の掛け直し。
 まずマントを剥ぎ取られ、巫女に引かれるための首輪の鎖が外され、別な金の鎖で国宝の首輪、国宝の手枷、国宝の足枷を繋げられた。
 鎖は良くある縦長の「土」の字のもので、首輪から垂れた鎖が足枷を左右繋ぐ鎖に連結され、途中胸くらいの位置で左右の手枷にも繋がるというものだ。
 結果、手枷は前で連結されるので、後ろ手枷よりも幾らか楽なのでホッとした。
 そうしておいてマントが戻される。
「お進みください」
 侍従に促され、乳首ピアスを引っ掛けないように鎖の一部を手に握りながら用意された木製のステップを登る。
 チャリチャリという音が心なしかソフトなのは、この鎖が芯まで本当に黄金でできているからだろう。

 箱の高さまで登ると、困った。
 ステップは足首を繋ぐ鎖の長さが考慮してあるけど、箱を跨ぐことができない。
 仕方ないのでまず箱の縁に腰掛けた。

 箱は馬車の木枠から鉄の板バネで支えられていて、私の体重で一瞬ガクンと沈み込んだが、思ったより安定は良かった。
 良く見ると真鍮製のダンパーのようなものも見える。

 箱が沈むタイミングを測って、両足を同時に上げて身体をひねりながら箱の中へ足を入れた。
 手を縁に添えることができないので、足の弾みとお尻の微妙な緊張だけが頼りだったが、ガードレールを飛び越すようにちょっとカッコ良く決まった。

 入ったはいいが、私は箱の内張りをみ見て息を呑んだ。
 いや、悪い意味じゃない。
 意外にも、内張りは厚い革の袋に綿のようなものを詰めたクッションで出来ていて、履かされているブーツのヒールが沈んだ。
「お座り下さい」
 素直に身体を箱の中に沈めると背中とお尻にヒンヤリとした革の冷たさ。
 押し込まれた時の姿勢こそあの極小の金の檻とほぼ同じだけど、足の周りの余裕などが全然違う。
 これは楽かも。
 股の真下に相当する部分はぽっかりと穴が明いていて、ひょっとしてトイレ休憩なんて無さそうな予感。

 侍従が左右から首枷状の蓋を箱の縁に載せ、私の首の位置を確かめながら中央で合わせてゆく。
 私の首に嵌められている国宝の首枷に当たる部分には布が張り付けてあった。
「はふっ」
 檻よりマシとはいえ、箱詰めの蓋をぴったり閉じられると、その拘束感に声が出ちゃう。
 目の前で箱の留め金が次々と掛けられ、施錠されてゆくのを見ると、私、王女なのになんでこんな惨めな箱詰めにされて旅行しなきゃなんないんだろう、って思う。
 これでみんなの役に立ってるんだよね?
 自問して惨めさを必死で打ち消す。

 そうだ、今回は惨めがってなんかいられないんだ。
 こういった形式的なことなんか片っ端から事務的に受け入れて、ティアルスちゃんを助けなきゃ。

「お顔の飾りをお召し戴きます」
「あ、はーい」
 片っ端から受け入れてみせますよ。
 もう何でも来いって感じ。
 てか、とっとと出発してよ。

 目の前の箱の蓋の上に小さなビロード生地の座布団が置かれた。
 私の頭のティアラが外され、その座布団の上に置かれた。
 耳の真横でカチャカチャ言う音がするので反射的に横を向くと、恐ろしい顔枷が目に入った。
 あの鳥籠のもっと小さい版で、これの革製のものはネットで見たことがある。
 頭頂部を縦に通るベルトが眉間で下方2又に分かれ、鼻の左右と口の左右を下りて顎の下で合わさる構造。
 それに穴明きゴルフボール状の口枷が組み合わされ、顔全体を拘束するものだ。
 それの黄金製。
 ボールまで金だ。
 しかも全体が真新しい。
 だいたい、あの穴明きボールって、ゴルフの練習用ボールの流用でしょ?
 アナムネにはそんな物無いはずなのに、なんで似たデザインなのよぉ。

 ……作ったんだ。
 ……作らせたんだ。
 長老か誰かが、私に嵌めさせるために。
 どっかから雑誌か何か手に入れて。
 嫌ぁ!

 後頭部に当たる部分はちゃんと私のアップにした髪を避けるようにデザインされていて、後ろ斜め上からガバッと被せられた。
 頭頂部の蝶番がパタンと倒れ、冷たい金属の平たいバーが額に触れる。
 正面に無慈悲な金のボールギャグが視界に入った。
 さらに左右の目の真ん中の蝶番が起きて、鼻の左右を平たい金のバーに取り囲まれ、唇にボールギャグが触れた。
 多分すっごい情けない顔で、作業してる侍従をチロリと見る。
 侍従は一瞬ピクリと眉を動かしたが、こういった王族の世話に慣れているのか、表情を殆んど変えなかった。
「お含み下さい」
 慇懃で残酷な命令。
 唾液にねばつく口を大きく開き、短い金の鎖に貫かれた黄金の穴明きボールギャグを口に入れた。
「ンうーーゥッ!!」
 目の前がパパッと明るく弾け、感極まって声が出た。 
 カシッ、カシッと2、3回噛み直すと、硬い金属に歯が弾かれ、噛み収まる場所が無い。
 さっきまでただ箱詰めされて運ばれるだけって割り切れていたのに、顔を拘束されたら突然パニックを起こす空間に押し込められた。
 口を水平方向に拘束するバーが左右の頬で留め金を絞られた。
「ムフーーン!!」
 ただ含んだだけだったボールギャグが、舌背をひしゃげさせ、舌全体を圧迫する。
 うわあぁあぁ!!奥すぎるゥ!!
 あのおじさまに調教を受けた時のボールギャグなんか話しにならない程の拘束力!

「ア……ル……、モフ……フッ!」
『あの、もう少し弛めて下さい』
 アナムネ語にしても日本語にしても、とてもそんな構音は不可能!
「お静かに願います。間もなく出発です」
 一旦外したティアラをこの顔枷のてっぺんにカチリと嵌め、侍従が離れた。

「ッぱあァァァーーーッッ!!」

 良く聞き取れない絶叫のような号令が響き、前の方からドカドカと行進の音が響く。
 その音が次第に近寄り、私の乗せられた馬車もついに動き出した。


 思ったほどの衝撃はなく、ただ四肢を拘束され箱詰めにされている窮屈さを除けば、路面からくる振動も身構えたほどではない。
 それより苦しいのはこの顔枷。

 ぼんやりと運ばれていれば済むと思ったのに、顔を弄られると落ち着く間を全く与えられず、食い込んだボールギャグがそれに拍車を掛ける。
「カハッ」
 カロカロと舌の奥で回転する黄金の穴明きボールは、不快な反射を常に与えてくる。
 不快と混沌の狭間で思考力を奪われる。
 これから敵地に乗り込むってのに、この仕打ちは無いんじゃない?
 しかしまぁこれが私の運命だととうの昔に納得したはず。

 箱詰めされた私を載せ、ガタゴトと馬車は進む。
 市街を抜けると、広い農地の間を延々と続く街道。
 舗装も砂利も無いので、只の土の道だ。
 歩きの兵士が大半なので、隊列の速度は時速5〜6qくらい。
 これで1日午前5時間午後5時間歩くとして計10時間で約50q、正味丸4日としてロッドシール領は城から約200qの場所ってことね。

 延々移動し続け、正午ごろ隊列が止まった。
 まあとりあえず極小の檻やら生き埋めやらでコンパクトに詰め込まれるのは慣れてるから、今回の箱詰めでも午前中の行軍は難なくこなした。
 顔枷で少し朦朧としているとはいえ、人間としてどんな扱いを受けているのか周囲の兵士達にも充分伝わり、さらに私の身体に仕込まれた数々の戒めが兵士の間にも口伝されているようなので、文句も言わずに箱詰めされてる私を見る兵士たちの目に、次第に畏敬の念が表れる。
「姫様、お食事でございます」
 ああ、やっと顔枷も一時休止だ。
 ボールギャグの苦しさからも解放される。
 と思ったら、ボールギャグの脇からチューブを差し込まれ、まず流動食。
「やあああ! ラ、フッ! フォ! ムグ! ング!」
 口を開く系の発音は普通に出来るが、それ以外の構音は出来ず、抗う言葉もドロドロした餌で喉へ押し戻され、そのあと水を流し込まれてあっという間に食事は終わりだった。
 あうー、ボールギャグ外されたらトイレのこと聞こうと思ったのにィ!

 午後の行軍が始まる。
 兵士達は必要な者はさっきの休みで小用を済ませているようだった。
 私はどうなるのー?

 午後3時位になると、もう我慢できなくなってきた。
「オフッ! ホフッ……! グズッ……」
 結局、箱の底に穴が明いているのをいいことに、詰め込まれたままの姿勢でダジダジとおしっこしてしまった。
 土の路面におしっこの当たる音が、馬車の下からぐるっと響いて自分の耳に届くのが死ぬほど恥ずかしい。
 馬車の後ろの兵士達は、地面の湿り気と臭いとで、私が何をしたのかを知るだろう。
 もぉ死にたいよぉ!

 出した後の始末も出来ず、ただそのまま移動してゆくだけ。

 やがて日が沈み、隊列が止まった。
 ここで野営らしい。

 隊列はそれぞれのグループに分かれて散り、我々の馬車だけがそこに残った。
 私はずっとそのままで、また流動食を流し込まれただけ。
 兵士が数人来て、馬車の真下におまるのようなものを入れ、この箱をすっぽり覆うテントのようなものを被せていった。
 私、ひょっとして、このままですか?
 まさか、全行程で一度も箱から出さないつもり?
 テントの小窓から、長老達が豪華なテントに移るのが見えた。
 えーーっ! 私お姫様なんだけど!? なによこの待遇の差はぁ!!

「姫様、枕を忘れておりました。慣れぬこと故お許し下さい」
 兵士が一人来て首周りに枕を当てて行った。
 こうなったら、おじさまの所で受けた調教の最初のように、口枷を切ってやるー!
 うーーん、とボールギャグを貫くチェーンの切断を念じる。
「ホフッ! アアアン……」
 しかし膣内のディルドーが移動し、念を邪魔され、余計な刺激で益々朦朧としただけだった。

 膣内のディルドーの絶妙な刺激に、他に全然楽しみの無い私は、その甘い世界に引き込まれてしまう。
「オフ…… ンン……」
 全身拘束されて箱詰めされている我が身を噛みしめながら、膣内の微妙な擦り上げを貪るように楽しむ。
 完全なオルガスムスを迎えるのは無理だと分かっているので、リズムだけを楽しむ。
 少し満たされた気分になり、浅い眠りに落ちた。

 しかし結局すぐに覚め、生き埋めの時のように、睡眠らしい睡眠は取れず、ただうつらうつらしただけで朝になった。
 生き埋めより遥かにマシなのは、体温を奪われないことだ。
 私自身はほぼ裸に近いカッコだけど、箱のクッションが断熱材になるのか、充分に温かい。
 朝、目が覚めても伸びをすることが出来ないのが辛い。
 箱の中で動かせる部分を少しずつ動かす。
 ふぅ。
 箱がゴトゴトいう音が響いたのか、世話係の兵士が覗いた。
「お目覚めでございますか」
「ハァ」
 テントが外され、濡れた布で顔を拭われ、昨晩と同じ流動食をボールギャグの脇から流し込まれ、水で洗い流され、朝食終了。
「下のお世話は宜しいですか?」
 いきなり質問されて赤くなったけど、あんたすごいよ有難いよ。
 私に権限があったら勲章あげるよ。
 『おっきいの出たのか?出たなら始末してやるぞ?』ってことでしょ?
 プルプルと首を横に振る。
「左様ですか。では後程参ります」
 そう言って居なくなった。
 『後ほど』ってことは、この間にしろってことね。

 あーやだやだ。
 人間として、ってか、女の子としてどうよって行為も、それしか選択肢が無いとわかると、事務的に処理しようという脳の回路が働くようになってしまった。
 流動食だけだから何も出ないと思いつつ、詰め込まれたままの姿勢でふんばる。
 うーーー!
 あーーーー!
 んーーーーーーー!!

 ポトリポトリとウサギのフンのようなものが出て、最後にジョジョーッとおしっこが出た。
 しばらくするとさっきの兵士が戻ってきて、馬車のすぐ近くに穴を掘り、馬車の下からおまるを抜き、中から紙袋ごと私の汚物を穴に棄てて、すぐに穴を埋めた。
 量が少なかったせいか、それとも飲まされた流動食の成分のせいか、臭いは全く出なかった。
 アソコとお尻が拭けないのがなんとも情けないが、思ったほど不快な感じは残らない。
 どこからともなく温かい食事の匂いが漂って来て惨めさ倍増だ。
 一般兵士は乾燥した何かをかじっているから、きっと長老たちだろう。
 ちぇっ。
 ま、ご老体だから仕方ないか。


 再び隊列が進む。
 ゴトゴトと揺られていたら、夜の眠りが浅かった分居眠りをしてしまった。
 箱の蓋にたっぷりとヨダレをぶちまけて、頬がネトネトしている。
 程なく昼休みとなり、また世話係の兵士が来て顔を拭いてくれた。
 判で押したように同じ食事・同じ手順。
 そしてまた出発。

 だが少しずつ変化することがある。
 それは私の意識。
 三日目の朝まではまだ少しまともだった。
 この口枷が、この継続的な窮屈さが、私から正常な思考を奪い去る。
 三日目の昼には完全に思考は止まり、目を開けたまま眠っているようだった。
 それに気付いた兵士がU字の枕を首周りにあてがう。

 詰め込まれて運ばれる。
 それはそれでキライじゃないんだけど、この先のことを考えるとあんまりソノ気にならない。


 やがて農家の数が増え、商店などもちらほら現れて来た。
 王城の城下町ほどではないが相当な賑わいだ。
 私の顔が写真か似顔絵で知れているのか、道行く人々はこの惨めな箱詰め王女を見て頭を下げる。
 あ、わかった。
 別に私の顔を見て気付いているのではなく、多分頭に載ってるティアラを見てるんだ。

 そしてついに城壁が見え始め、城門のある一角に辿り着いた。
 城門は開いていて、そのまま隊列は堀の橋を渡って城内に入る。
 城内は見渡す限り芝生で、城壁付近と城の周囲にぐるりと花壇があるだけだ。
 砂利敷きの小路が放射状に通り、その一本を城に向かって隊列が進んでいる。
 この小路の終点、城の門近くの左右に、黒い塊がずらりと並んでいる。
 すごく嫌な感じがする。

 私達の隊列が進むにつれ、城の左右の裏手から新たな一団がわらわらと地響きを立てて現れた。
 それは、真っ黒な革で全身を包まれた女性を乗せ、同様に真っ黒な革で全身を包まれた女性が引く戦車だった。
 馬の役の女性は手を背中でアームザックに入れられ、ただ走る自由しか与えられていない。
 騎手というか戦士役の女性は、全身を革で包まれてはいるが、手足は自由で、馬役の女性に噛まされている轡(くつわ)部分から伸びた紐を握っている。
 戦車には刀や槍、鞭や棍棒のようなもの等が備えられていた。
 城の近くに初めから居たのがおよそ100騎、今駆け寄って整列しつつあるのが左右100騎ずつ。
 これらが皆精鋭とすればすごい戦闘力だろう。

 すでに行進する私達の隊列の脇も戦車隊で埋められた。
「フシューーッ!」
「ヒューーッ!」
 彼女たちの抑制された細い呼吸音が私の耳にも届く。
 全身にどんなおぞましい仕打ちを受けているのか知らないが、似たような経験を持つ私には彼女たちの気持ちが少しだけ分かる。
「ムムムムム」
「ンムムムム!」
 時折切なげな声も混じっている。

 我々の隊列は一度城の正面に突き当たるように進んでから左に折れ、私を載せた馬車が城の正面に来るまで左に伸び、私の馬車が正面に横付けすると、後続の隊列は右方向へ伸びて行く。

 隊列が完全に停止したところで城の中から領主とおぼしき男がリードを持って現れた。
 歳は30後半だろうか。
 壮健・屈強という形容詞がぴったりの、背が高く、がっしりと筋肉のついた男だ。
 ニコニコと笑う様子はさながら男性アイドル歌手のようで、その屈託無い笑い顔に私はむしろ底知れぬ嫌悪感を覚えた。
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