おしおき

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 ここに来て早一週間、ようやく毎日の生活にも慣れ、あたしなりに気を遣いながら、ちょっとずつ仕事がこなせるようになってきた。
「お願いです! お許し下さい! お願いです!」
 2階を掃除していると、俄かに1階の廊下が騒がしい。
「これ、ベッキイ、静かになさい!」
「ああ……」
 何か手伝えることがないかと1階へ行ってみると、メイド長がベッキイの腕を引っ張ってどこかへ連れて行こうとしていた。
 ウエーブの掛かった美しい金髪を持つ、色白で背の高い子だ。
「どうしたの?」
「『どうしたんですか?』です!」
「すみません」
「あなたには関係ありませんよ、クリス。持ち場にお戻りなさい」
「クリス助けて!」
「あの、メイド長……様、ベッキイすごく嫌がってますけど……」
「おしおきですので仕方ありません。こともあろうにこの子は昨晩男友達の家に泊まったのですよ」
「でも! でも! ちゃんと明け方に帰ってきました! 仕事も定時に始めたじゃないですか!」
「そうではありません。この家に勤める者は外との係わりを絶って修養するために来ているのです。ご主人様のお許しも無く外泊するなどもってのほかです」
「いやあ! あれだけはいやあ!」
「わかりましたか、クリス。お戻りなさい」
「は、はい…… メイド長様」
 あたしは廊下を引き返した。

「助けて! 助けて!」
「クリスに言ってもどうにもなりませんよ」
「わああああああ」
 あたしが2階への階段に足を掛けたあたりで、ベッキイの叫び声はあの廊下の奥の納戸に消えた。

 ゾクリ……

 おしおきって…… あの地下牢?

 うわああ、勝手に外泊しただけで、昔のこの城の囚人のように地下牢に入れられちゃうんだ。
 きっとあの重々しい鋼鉄の扉の牢屋だよ。
 小さな覗き窓くらいしか無かったよね。
 地下だから、他は全面石壁のはず。
 あーあ、お尻ぺんぺんくらいで済ませてあげればいいのに。
 オトコの居ないあたしには関係ないけど、やっぱチョーシくれて失敗するのだけは避けないとダメよね。

 あたしの気分の変化を感じ取ったのか、膣を満たす触手がピクンと動いた。
「ンッ…… わかってるよぅ。あたしも直すトコ直さないと、ヤバイかもね」


 *****


 翌日。

 ―― チリンチリン ――

「はーい」
「あたしが行きます」
「ん、頼むよクリス」

 ―― コンコン ――
「入りなさい」
「お呼びでしょうか、ご主人様」
「おお、クリスか。随分慣れたようだね」
「どーも。 ぅわっと! お!『恐れ入ります』」
 危ない危ない。
「フフフ、よしよし、いいね。 ……そうそう、呼んだのはこれだ。この書類を郵便局へ出してきておくれ」
「はーい」
「もう一歩足らんな」
「えと、か? 『かしこまりました』ッ! ハァハァ」
「よろしい」
 ヤッバ…… おしおきレベルかな?
「でででわ、さっそく……」
「郵送代金はこれだ。書類も金も落とさないように頼むよ」
「はい、か、かしこまりました」

 汗だくで執務室を出る。
 そろそろ本気で直さないとマジおしおきかも。

 一旦控え室に入る。
「あら、クリス、お遣い?」
「はいメイド長、様」
「コートを着ていらっしゃいね」
「はい」
 さっきあれだけベッキイと揉めてたのに、メイド長はケロッとしている。
 あんなこと、メイド長にとっては日常茶飯事なのかしら。

 メイド服で外出する時に皆で共用している外套を羽織り、書類とお金を確かめて勝手口から出た。

 しかし考えてみると、あたしってこのヘンな触手生物を纏ってるだけで、実際にはマッパじゃん!
 うう、なんだかこのままお屋敷の外を歩くの、恥ずかしいよう。
 慣れてはきたけど、今だって膣にゴッテリ触手詰め込まれてるし、おまん○の周囲やクリトリス、乳首ともギッチリ触手に巻かれてるんだよ?
 足の下でずっとカエルの卵ぐちゅぐちゅ踏んでる感じもそのままだし……
 もし外気に触れたとかで全部溶け落ちて、最初の紅玉のブローチに戻ったりしたら、外套と靴とブリムだけの変態メイドだよぉ!


 *****


 このお屋敷は街道への出入りは一本道なので、門は1つだ。
 勝手口を出たらお屋敷に沿って正面へ回り、庭園の脇道を通って門に出る。
 その時、ジョボジョボという聞き慣れない音とともに、見慣れない噴水に気付いた。

 そうだ。
 このお屋敷に来た時にも見たけど、あそこは殺風景で彫像など何も無い円形の噴水だったはず。
 そのあと何回も目にしたけど、空に向かって数本の細い射出筒があり、中央には台座があるだけだ。
 しかも来客の無い時は噴水は機能しておらず、射出筒も台座も水面の下に沈んでる。
 遠目に見れば丸い噴水に鏡のような水面が静かに見えるだけのはず。

 でもそこに今は琥珀色の彫像が立ち、肩の上に瓶(かめ)を抱えて口から水を吐いている。

 べ!!!

 ベッキイ!?

 あたしは触手に全身覆われたうえに性感帯全てに拘束を受け続けているのも忘れ、服が擦れるのも気にせずに大股で生垣をかき分けるようにして乗り越え、その彫像の前に立った。
 ただでさえ背の高いベッキイが、高さ50cmほどの噴水の中央の、今は水中の台より更に20cmほどかさ上げされた基台の上に立っているので、顔の位置は相当上だ。

「べ、ベッキイ?!」

 あたしの声が聞こえたのか、虚ろな目がギョロリとあたしを見下ろし、物凄く悲しげな表情になり、目を閉じた。


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