復活のロッドシール

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 堀割を渡り、城門をくぐり、出発した時と同じ場所に着いた。
 やっと足を止めることができる。
 電車の中の泥酔の人と同じ。
 ぐでんぐでんで、体裁なんて関係なくその場に倒れ込みたい。
 でもガクガクの内股のまま堪えてる。
 兵士が首輪の鎖を一本外し、隊列が一歩脇に移動し、そのまま行進して去って行く。
 物見だかい民衆だけが残り、急に淋しくなった。

 連続絶頂の少し収まった弱い脳みそで、私は状況を確認する。
 私の首輪の鎖を短く持ち替えた兵士が前に一人。
 昨晩、今朝、出発の時と同じ人だ。
 回らないくびをギギギと回して後ろを見ると、すぐ背後にティアちゃんが今にも泣きそうな顔で立っていた。
 鎖を引かれて、再び歩き始める。
 兵士と私とティアちゃんの3人で。
 ガビガビのお尻と内股が気持ち悪いけど、もう倒れそうなほどではない。
 心配そうな顔で見送る民衆とはここでお別れ。
 城内に入り、暗い通路を通り、所々私が壊した壁の真新しい亀裂を見ながら牢に向かう。

 幾つかの鉄格子が並ぶ前を通った時、おぞましい声が響いた。

「ひひはひひはははひひひひ! そこの者、止まぁーれえー!」
 
 兵士、私、ティアちゃんの3人とも硬直した。

 この声は、ロッドシール!!

「こら、騒ぐな!」
 兵士が鉄格子に向かって怒鳴る。
 私は全身に冷水を浴びせられた気分になり、さすがの性欲も引っ込んだ。
 怖い!
 見たくない!
 会いたくない!

「そこの者ー、ジュリア姫を連れて参れーひひひひ」
「騒ぐなと言うに!」
「おんやー? 似てる似てるー! そいつでもいいぞー! こっちへ来い!」
「ひっ!」
 こっちの世界と再び関わるようになってから今まで何度も死ぬ目に遇ったけど、いまほど恐怖を感じたことはない。
 殺し損なった亡者に復讐される!
 今ロッドシールは牢の中だから、どんなに騒いだって私に復讐することなんてできない。
 それなのに得体の知れない恐怖が先に立ち、復讐に怯えてしまう。
 際限なく簡単にイク今の膣で、ディルドーを抑え込んで再びこいつをやっつけるなんてとても無理だ。
 地下の暗がりの中でティアちゃんを見ると、私と同様に顔面蒼白になっていた。
 私がしっかりしなくちゃ。

「あ、あたしよ! 本人よ! ロッドシール!」
「ひひひひは見え透いた嘘を! お前知ってるかー? そいつぁコロムってんだせ。禁書にしか載ってないもんかどうしてお前の足首に? ふーん……コロムって、そんなに葉ぁ赤いんだ……」
「だからー、あたしコロム刑の途中なんだってば」

「え?」

 暗い中でたった今まで狂人然としていたロッドシールの顔がキリッと引き締まったように見えた。
「……ロッドシール?」
「いや、まさかこんな……」
「えっ?」
「まさかこんな日が来るとは……」
「ねぇ、あんたまさか、正気に戻ってるの? 全部演技だったの?」
「いえ……。あの時は確かに気が触れておりましたし、今でも多分おかしいのでしょう。 1日ほどこの牢で過ごすうち、フッと正気になったのです。自分のしでかしたことを振り返ると、やはり狂おしく笑いが込み上げ、今でも冷静と発狂を繰り返すような状態です。総合的には、確かに私はもう狂ってしまったのでしょうね」
「で、でも今は平気そうだけど?」
「私は領民のことを思っておりましたが、少々やり過ぎたようです。姫様に対してもです。恋焦がれるあまり、戦車馬にして傍に置きたい、コロム刑にしたらどんな反応をされるかと楽しみでなりませんでした」
「あたし、コロム刑にされたよ?」
「まさにそれです!」
「ひっ! なによ!」
「まさにそのお姿を見て心のわだかまりが氷解したようです」
「どんだけあたしをコロム刑にしたかったのよ。気が済んだらすっかりマトモになりましたとでも言う気?」
「はい」
「あああああ。ちょつとティアちゃん、どう思う?」
「率直に申し上げてよろしいでしょうか?」
「もう是非」
「ロッドシール候が正気に戻られたのなら、すぐに元通りの立場にお戻りになられるのが一番かと」
「やっぱそうかぁ」
「上の混乱の大半は、突然の政権委譲でそれまでロッドシール候が何をどうされていたか調べる手間です。ご本人が正しく委譲してくださるなら、手続きは大幅に簡単になります」
「ねぇロッドシール、領主の地位に未練ある?」
「ふふふ、そのお姿のジュリア姫を目の当たりにして、何の未練がありましょう。姫のお噂を耳にしてから今まで、私の興味は姫様を戦車馬にすることとコロム刑のことばかりでした」
「馬にして傍に置けなくてもいいの?」
「もう充分です」
「ふーん。領民のため、というのは嘘ではないのは既に資料見て知ってるから、コロム刑で満足してくれるって言うのを信じて、速やかな委譲手続きをするって言うんなら上に行っていいわ」
「姫様! 今はそのような……」
 兵士が驚いた声を出す。
「まー、あたしは罪人で刑の執行中ですから、ティアちゃんよろしくね」
「心得ました、姫様」
「んじゃね、ロッドシール。あ、明日これ抜くらしいから、よかったら見に来れば?」
「あ、有り難き幸せ。しかし姫様、やややさぐれた感じが……」
「だ・れ・の・せ・い・よ! あんたもコロムをお尻からブッ込んでもらって御祓(みそぎ)すればぁ? 気持ちいいわよぉ?」
「ひいっ!」
「お言葉ですか姫様、コロム刑は姫様ご自身のせいでは?」
「ぎゃふん! そそそそうだけどさ! 今言わなくてもいいじゃん、ティアちゃんの意地悪」
「では姫様、牢に……」
「ごめんなさい、時間使っちゃつて」
 鎖を引かれて再び移動を開始。

 ちょっとびっくりしたけど私の心は軽かった。
 どんなひどい奴でも、あんな終わり方スッキリしないもんね。
 でもこのあとは私も知らないよ?
 家族をあの首輪で殺された人達がロッドシールを死刑にしようとするかもしれない。
 そこまでは面倒みきれないよ。

 私はコロム刑の前夜と同じ牢に戻された。
 首輪の鎖を壁に繋がれ、手は後ろ手のまま。
「では姫様、明朝また参ります」
「ご苦労様でした。ティアちゃんもね」
「あまりお役に立てず済みません」
「あはは、気にしないで」

 二人が去った後の牢で、むっくり起き上がる。
 おしっこしたい。
 といっても首輪を鎖で壁に繋がれているので、限られた範囲しか動けない。

 床に置いてあるチャンバーポットの上に屈もうとして、うぎやあああと叫んだ。
 コロムのせいで屈めない!
 立ったままやるって手もあるけどそれはシャワーのあるところでの話だ。
 ここだと足もびちょびちょになる。
 仕方ないのでチャンバーポットをなんとか後ろ手で掴み、ベッドのコーナーに置いて、そこに股がって用を足した。
 こぼさないようにチャンバーポットを戻し、やっとベッドに倒れ込んだ。

 遠くで話し声がする。
 やがてガチャンと大きな音がして、ロッドシールが牢から出されたようだ。
 遠ざかる足音を聞きながら、疲れに全身包まれて泥のように眠った。

 真っ暗な中、目が覚めた。

 全身にビッシリ脂汗が浮いている。
 一番恐れていたものが来た。
 それは限界を越えた拡張による組織の鬱血。
 一番恐れていた事態だ。

 もちろん全て覚悟の上でこの刑を引き受けたのだけれど、この焦燥と恐怖は経験者にしかわからない。
 例えるなら腕が丸太の下敷きになり、骨折するほどではないが血が通わないという状態。
 鬱血し、痺れてつらいというのもあるが、そのままでは組織が壊死するという恐怖。
 肛門周囲は腕ほど硬くも多種多用な組織が圧迫されるわけでもないけど、肛門の組織は完全に伸び切っているので、このサイズを受け入れようとして組織が伸びた状態で新しく置き換わり、もう柔軟に縮むことがなくなってしまうのだ。

 もうなんでもやると心に決めているけど、地球に戻ってタレ流し生活はイヤ。

 張り詰めた粘膜がチリチリと熱を持ち、どうにも逃げ場のない深いなきつさを訴え続けている。

 なまじ疲れからさっさと眠ってしまったために、少し身体が休まったらもう不快さに負けて眠ることができない。

 これが……
 これが私の罰。

 その後は脂汗にまみれたまま、まんじりともせず夜明けを迎えた。

 ロッドシールも復帰し、彼の野望も緩やかに終焉を迎えるだろう。
 長老もあきれた私のコロム刑も、結果として良い方向に転がったようだ。

 今日でその茶番も終わる。

 早くお風呂入りたい。


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