コロム刑

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 大騒ぎの一夜が明けた。
 ロッドシール亡き後(死んでないけどさ)ヤツが自分一人で行っていた日課作業を円滑に委譲しなければならない。

 だだっ広い広間の片隅に置かれたベッドで独りポツンと寝ていた私が、周囲の騒音で目覚めると、もう城内は普段の活気だった。
 昨日夕食を食べた広間のテーブルには長老以下王都から随行して来た閣僚たちが図面を広げ、ロッドシールの部下たちを呼び寄せて次々と指示を出している。
 ティアちゃんも相変わらず私と同じ戦車隊の革スーツを着込んだままその中で真剣に話をしている。
 『ま、こと政治の席ではお前より役に立つということだろう』
 はー、お父さんの言った通りだったね〜
 私は遠ーい目をして皆の働く様子を見る。

 ティアちゃんが私に気付き、サッと飛んできた。
「おはようございます、姫様」
「おはよ。ごめんね、あたしだけ寝てばっかで」
「いえ、姫様は我々とご負担が全然違いますから、ゆっくりお休み下さい」
「そうも言ってられないよう。役には立たないだろうけど、せめて起きてみんなの傍に居なきゃ」
「そうですか。では、そのようにお願いします」
「あーふ。顔って洗えるの?」
「濡れタオルを運ばせます」
「あー、お願い。 あとお手洗いは?」
「基本チャンバーポット(便壷)ですから、水洗がよろしければ、実はあの厩(うまや)の穴が一番画期的なのです」
「なるほど」
 私はフラッと立ち上がり、広間から出て階段を降りて厩へ向かった。

 通りすがりの城内の人たちは皆、まず戦車隊の女が城内の上層階をフラフラ歩いているのを見てギョッとし、次に昨晩の事件を思い出して悲鳴を上げそうな恐ろしげな顔になる。
 中には口に手を当てて本当に短い悲鳴を漏らす者もいる。
 私はいちいち説明するのも面倒なので、申し訳なさそうな表情を作り、目を伏せて通り過ぎた。

 一階に降りて厩(うまや)へ行く。
 饐えた臭いが懐かしい。
 別に自分のスペースにまで戻ってやる必要ないので、手近で空いてる個室スペースに入り、自分で股間のベルトを外して、普通に(普通=貞操帯越しだけどさ)おしっこした。
 うんちするつもりでいきんだら、まだ少し残ってたらしい汚い残渣がぶびびと出た。

 近くの藁くずでなんとかおしっこの雫とお尻を拭いて、股間の革ベルトを戻した。
 戦車隊スーツのままだからもちろん革手袋もそのままなわけで、濡れた感触がわからないから汚れがついてないかクンクンと嗅いだ。
 一国の王女が指クンクンって……
 色も真っ黒だから汚れが見えないんだもん!……と自己ツッコミ&言い訳。
「ふーーっ」
 この厩内部の景色の中で、自由に自分の手を使ってると何だか妙な気分だ。
 スッキリした気分でガツガツとあの広間へ向かった。
 通りすがりの者は、やっぱり、まず怖い顔をして何かを言いそうに近付き、急に顔色を変えて言葉を飲み込み、会釈して足早に通り過ぎる。

 広間に戻ると長老がテーブルの上に色々と並べていた。
「何してんの?」
「おお、これは姫、お支度は宜しいですかな?」
「んー、あと顔を拭かせてもらえば完璧です」
「では、これをお召し下され」
「あ、ティアラ! そっか、これなら遠目でも私ってわかるもんね」
「城内では動き易くなられるじゃろ」
「他は?」
「いつもの姫様の後ろの張形じゃな。鍵は御首・御手・御足・そして前の張形の固定用……」
「えっ? 力を使ってもいいんですか?」
「まあ、皆が恐れておるのでおおっぴらには控えて頂きたいのじゃが、いずれ。今はロッドシールめの無茶のせいで中の粘膜も傷めておられるじゃろうからの、動く方がまだ良いじゃろ。しばしのご辛抱じゃ。落ち着いたら固定して差し上げまする」
「たすかります〜」

 ティアラを頭に載せ、再び場内を見て回ったが、やはり反応は芳しくない。
 最初に私を見てそれとわからず、後で気付いて悲鳴、というのは無くなったけど、最初から避けられているのがロコツにわかるようになってしまった。

「長老〜 やっぱダメみたい」
「うーむ、やはり王都で姫様の献身的儀式を直接見たり、伝え聞くにしても情報の濃さがこちらとはまるで違うからのう。姫様の献身的な姿が全く伝わっておらんようじゃの。何か適当な儀式でもあれば宜しいのじゃが。おい、クロイッツェル卿を呼べ」
 しばらくしたらちょっと気の弱そうな、でもエラそうな人が飛んできた。
「ヒッ! ひめさまッ! ご挨拶が遅れて申し訳ありまッせん! クロイッツェルにございますッ!」
「クロイッツェル殿は現時点ではこの領の最高責任者じゃ。ロッドシールの下で随分ご苦労もあったようじゃ」
「あ、ども、えとですね……」
「ヒッ! ひめさまにはッ! ご幼少の頃! 王都にてご尊顔を拝しッ!」
「ちょっと聞いて……」
「そッ! それがし、びびびびじんの妻とッ! 3人の娘とッ! 1人の息子がッ!」
「ちょっと! ちゃんと聞いてよッ! 本当に霧にしちゃうよッ!」
「キャアアアアアッ!!」
「オッサンがみっともない悲鳴出すなァ! 言ってること聞けエ!」
 バーーンとビンタしちゃった。
「あ、ご、ごめんなさい! つい……」
「あー、姫様、クロイッツェル殿はロッドシールの次は自分だと思い込んでおるので、そのくらいで……」
 気付けば城内中水を打ったように静まって皆こっちを見ていた。

「とっ、取り乱しまして申し訳ありませんでした」
「実はお尋ねしたいのですが、何かこちらの民衆に伝わる儀式のようなものってあります?」
「なぜそのようなことを?」
「どうにも私、怖がられすぎてるようなんですよね。ちょっとだけ印象良くしてから王都へ引き揚げたいと思うんです」
「そう申されても…… おおそうじゃ! ……あ、いや」
「何ですか?」
「実は…… その…… ロッドシール候が姫様をかどわかしたあかつきに、ある処刑法を復活させようとしておられました」
「そんなこと考えてたんだ」
「それは昔行われていて、その恐ろしさは今でも民の間に広く伝わっております。戦車隊の女どもなどは、逆らうと『コロム』の最初の犠牲者にするぞと脅せば、血相変えて従います」
「その『コロム』ってなんです?」
「はあ、この領の山岳地帯は不思議な生物や植物が何種かおりまして、あの首輪の蜘蛛もその一つです。そこに『コロムの木』という奇妙な形をした木が群生しております」
「へぇ」
「その木のツルというか実というか、詳しくはわかっておらんのですが、直径が赤ん坊のこぶしほどのコブが等間隔でずらりと並んでおりまして、ツルの付け根から先端までが大人の腰の高さほど。それをぐるりに切れ目を入れ、一気に剥くと、程よく粘液のまぶされた中身が現れます。それを罪人の尻に入れるのです」
「お尻に!?」
「はあ。四肢を伸ばして磔にし、浣腸液で腹をカラにしてから、執行人がそのコブを先端から1コブずつ罪人の尻に押し込みます。天然の粘液をまとっておりますため、最初の1個を強引に押し込まれてしまうと、あとは抗っても押し込まれます」
「それで?」
「この刑の恐ろしさはそこからでございます。ただですら尻に入らぬ大きさのものを押し込まれ絶叫、それがおよそ人の指の長さ半分ほどの間隔で連なったものが10個、それらを全て押し込まれるのでございます」
「なにそれ!?」
「大の男でも失神するほどの絶叫が10回、そしてもちろん尻の奥の曲がりを易々と越え、腸の曲がりも越え、全て入ったときには罪人の腹はアルファベのCの字に膨らんで見えると……」
「うわあああ」
「そして最後にコブのない本茎部分を尻から垂らし、茎の付け根にある真っ赤な葉が見えるように罪人の片足首に縛ります。これで罪人を市内一周引き回し、見た者はあのコロムの木が体内に差し込まれていることを知るのです」
「それを…… 私に……?」
「ろ、ろ、ロッドシール候のお考えでございます! 私は何も……!」
 ドクンドクンと私の中のドス黒い血が騒ぐ。
「それ…… やれば……、みんな…… 信じて……くれる、……かなぁ?」
「めっ! 滅相もありません! 男女ともほぼ全員狂ったと記録されております! そもそも人を発狂させるのが目的の刑でございます。 想像するだにおぞましいそんな刑に正気で耐えられる者などおりません! もともと候は最後に姫様を狂わせ、言うなりにするのが目的だったようでございます」
「そ、そうですか…… そうですよね…… 良く話してくださいました。ありがとうございます」
「ひー! お褒めに預かり光栄ですッ!」
 皆の前で私に褒められたのが相当嬉しかったのだろう、卿は上機嫌で下がっていった。


「姫、まさかバカなことを思いついておいでではござらぬよの?」
「エッ!? ええ、まさか……」
 長老にクギを刺されたにもかかわらず、私の頭の中にはそのコロムの木のことしか無かった。
 2、3日はぼんやりと形にならなかったが、いよいよ政治の話も安定してきて、帰還の準備をはじめるかという頃にとうとう思い切ってしまった。

「本気ですか、姫様」
「ティアちゃんならわかるでしょ? このまま恐怖の大王みたいなイメージ残して帰るのイヤ」
「その処刑の内容と姫様の思惑が合致していないと判断しますが」
「そのぐらいのインパクトないと無理よ」
「……ぷぷぷ」
 ティアちゃんがこらえきれずに笑ったのを見て、私はギョッとした。
 演技の必要ないシーンで、ティアちゃんが突然笑うなんてありえないからだ。
「ど、どうしたの? ティアちゃん!」
「姫様、こちらの世界にお戻りになって、初めて自ら処刑されたいって仰いましたね」
「あ!!!!」
「おじいさまに言われたから仕方ないとか、国のしきたりだとか、今までは必ず言い訳がありましたが、今回、別に誰が強制しているわけでもないのに……」
 私はゆでだこのように真っ赤になった。
「ちちちちちが! 自分でしたいとか気持ちよさそうとかそういうのなくて! 純粋に!」
 そういうとティアちゃんは急に何か大変なことに気付いたような真顔になり、ぶわっと泣き出した。
「ああ…… うぐゅ! ヒック! ひっく! えふっ!」
「えええええーー??」
「すみません、姫様! 笑ってしまって申し訳ありませんでした! どの儀式の時も姫様の真摯なお心は近くで拝見させていただいている私が一番知っているはずなのに! なのに姫様が御自分のお心に素直になられる様が微笑ましく、ついつい不躾な笑みを漏らしてしまいました! ……ああ、姫様、その純粋さは必ずや皆に伝わります。全力でお手伝いいたしますので、きっとやり遂げて下さい」
「ありがとう、ティアちゃん」

 翌日長老に申し出ると、もう何も言わなかった。
 ティアちゃんが根回ししたのかな。
 そして、急に現実に引き戻された。

 やらなくてもいい処刑を! あたし! 意地で申し込んじゃった!

 うわぁぁあ、もう申し開きできない。

 完全に国民にマゾだってバレる。

 いや、バレてるけど、自ら肯定することじゃないでしょう。

 でもこのまま去るのは本当にいやだった。


 午後にお触れが出された。
 明日、王女自らコロムに処されると。
 罪状は城の破壊となっていた。
 理由は国民の奴隷としての領民の理解を得るため、自らの行為にしめしをつけるとされた。

「全く、バカなことを」
「わがままでごめんなさい、長老」
「しりませんぞ、せっかく無事に永らえたものを」
「へへ……」

 その晩、まるで遠足前日の小学生のように広間のベッドで一人でドキドキしていた。
 こんなバカなこと本当に信頼回復の役に立つのだろうか。
 私ってば、サラッとこなして、ますますバケモノ視されるのが落ちのような気がする。
 やっぱやめようかな。

 深夜。
「姫様」
「ン……」
 やっと寝付いたのに耳元で呼ぶ声がする。
「姫様」
「なに…… キャ!」
 目の前に見知らぬ男の顔があった。
 仄暗い広間の灯りで、兵士だとわかる。
「あの…… 何でしょうか」
「姫様を牢にお連れするよう仰せつかりました」
「あ、やっぱり」
 私はあの戦車隊スーツのままなので、ベッドシーツを汚すのが申し訳なくて、ベッドカバーの上にそのまま寝ている。
 戦車隊スーツのままむっくりと起き上がり、眠気まなこのまま立ち上がった。
「失礼致します」
 兵士は持ってきていた木製の手枷で私の手を前で拘束すると、ずっと嵌めっぱなしの国宝の首輪に手鎖を繋ぎ、暗い廊下へ向かって私を引き立てた。
「あーーーふ。 あ、ごめんなさい」
 拘束慣れしている私は、この程度のことだと緊張感も何も無く、ただ文字通り罪人然とした姿で引き立てられてゆく。
 地下へ下り、ロッドシールも入れられている地下牢のうちの一つに押し込まれた。
 すえた臭いのする独房だったが、朽ちかけた木製のベッドには新しい布が敷いてあった。
 兵士はベッド脇の壁から下がった古くて重々しい鎖を私の首輪に繋ぐと、手鎖を外して牢を出、扉を施錠して去った。
 私は牢に移されてもまだ眠く、戦車隊スーツのおかげか、硬いベッドも気にせずそのまま眠り込んだ。

 しかし、これまでこなしてきた毎度の儀式がそうであったように、地球の、しかも日本での安寧な生活とはまったく違う緊張感を持つこちらでの雰囲気が、次第に私を追い詰めてゆくのを全身で感じ始めていた。
 本気で人を発狂させる刑罰のために、本当の牢に繋がれている私。
 とりあえず最初から『その気でいる』から、私は絶望も絶叫もしないけど、本当に刑に処される者は半狂乱になるはず。

 何度かの寝返りの中で、覚醒に近づいてはそんなことをふと考え、そしてまた深い眠りに落ちることを繰り返していた。
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